第六十話 再会あるいは女王への断罪
ヴィクトリアが、アレクを伴って広間へと足を踏み入れ、沈黙が落ちた直後だった。。
堪えきれずに誰かが漏らした短い悲鳴を皮切りに、廷臣たちが一斉にざわつき始める。
「ヴィ、ヴィクトリア様……!? まさか、本当に……」
「西で命を落とされたという噂が流れていたはずだが」
「本人だ。だが、あの姿は何だ。なぜ、あのような泥だらけの惨状で……」
ざわめきは波のように広間を呑み込んでいく。その喧騒の中心で、玉座に座るマリア・ロゼは時が止まったように固まっていた。手にしていた白孔雀の扇が滑り落ち、「カラン」と大理石の床に乾いた音を立てて静寂を刻む。
ヴィクトリアは迷いのない足取りで近づくと、膝をついたカシアスの右隣に寄り添うようにして傅いた。アレクは一歩下がり、背後で周囲を警戒するように控えている。
「お久しぶりでございます。……一年ぶりでしょうか、マリア・ロゼ様」
「……ヴィ、ク……? あなた、本当に……ヴィクトリアなの?」
マリア・ロゼの瞳が激しく揺れ、震える手で玉座の手すりを白くなるほど強く掴んだ。今すぐ駆け降りて抱きしめたい衝動を、女王としての矜持で必死に繋ぎ止めている。
「何ともないの……? 私は貴方が撃たれたと聞いてから、生きた心地がしませんでした。今も……夢を見ているのではないかと……」
「何ともないはずはないですね。死にかけました」
冷たく突き放す声。
マリア・ロゼは激昂し、顔を歪めた。
「やはりそうか……! おのれ、不届き者が! あの修道士め。鉛玉の罰だけでは足りぬ、業火の炎で一族郎党焼き払ってやらねば気が済まぬわ!」
「ならば私は、今すぐマリア・ロゼ様を業火の炎で焼き払わねばなりませんね」
最大級の爆弾に、廷臣たちは一斉に顔色を変え、息を呑む。
「……どういう意味じゃ、ヴィクトリア」
「言葉通りの意味ですよ。私が銃で撃たれたのは悪党の逆恨み。ですが、雪山を駆け下り、三日でここへ至る強行軍を強いたのは、他でもない『マリア・ロゼ様』……貴女のせいですから」
「……私は、お前をここへ呼んだ覚えはないぞ」
「左様でございますね。ですが、北の聖堂や王宮を焼き払うなどと物騒な宣言をなされては、たとえ招集されずとも、私が駆けつけねば事態は収まりませんからね」
「ヴィクトリア様! 女王陛下になんという口を!」と年配の廷臣がたしなめるが、ヴィクトリアは一瞥もくれない。
マリア・ロゼは顔を背け、冷たく言い放った。
「私は修道士ハンスを東に連れて来ぬ限り、砲撃を止めるつもりはない。お前があの悪党の差し金で撃たれたのに、あ奴が無罪放免で北に匿われているなど、私が許せると思うのか!」
と言うマリア・ロゼ様の言葉のあとに、ヴィクトリアはフッと笑った。
「あぁ、その件ならもう終わりました。だからマリア・ロゼ様が北を砲撃する理由は全てなくなりました。……どうなさいます? それとも他に難癖をつけて、北を焼き払いますか?」
沈黙が支配した。女王の言い分を、ヴィクトリアは完璧な事実によって封じ込めたのだ。
マリア・ロゼは、ため息のような息を吐いた。
「……わかった。ハンスのことが片付いたというのなら、私があれこれ言うことではない。……ジュール。砲撃は取りやめだ」
「御意」
ジュールは心の中で快哉を叫びながら、恭しく胸に手を当てた。
目的を果たし、張り詰めていた空気が一気に弛緩した瞬間。
ヴィクトリアの身体が、目に見えて大きく揺らいだ。
「ヴィ、ヴィクトリア……!?」
女王の驚愕の声を余所に、限界を迎えた彼女の身体がカシアスのいる左側へと崩れ落ちる。膝をついていたカシアスが、野性の獣のような反応でその身体を力強く受け止めた。そのまま大切に守り抜くように、彼女を抱きかかえる。
「ヴィック!」
背後でアレクが叫んだ。
だが、公爵の腕の中に収まるヴィクトリアの姿は、あまりにも完成された絵画のように美しく、残酷なほどにアレクの居場所を拒絶していた。
「すぐに医務室に運ぶのじゃあ!」
マリア・ロゼは玉座から降りると、カシアスに鋭く命じた。
カシアスに抱かれたまま、ヴィクトリアは深い眠りに落ちたように瞳を閉じている。
アレクは、伸ばしかけた手を握りしめ、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
『本編読まなくても分かる『勇盾』簡単物語』
死の淵から生還したヴィクトリアが、アレクを伴い王宮へ帰還。北への砲撃を命じる女王マリア・ロゼの暴走を、事実をもって冷徹に制止する。目的を果たし緊張の切れた彼女は、駆け寄るアレクを余所にカシアスの腕の中へ崩れ落ちた。




