番外編 ディクリーヌの恋−3
寝起きの割にすっきりとしている頭で、必死に記憶を辿る。けれどどんなに考えてみても、職場にいたはずの自分がここできちんと寝巻きを着て眠りこけていた理由が分からない。
思わず頭を抱え込んだ私に、ノックの音が聞こえおそるおそる顔を出してみれば。
「あら、起きてたのね。その様子だとよく眠れたみたいで良かったわ。朝食、適当に見繕って持ってきたわ。一緒に食べましょ!」
「え……? えっとあの……、あなた確か……?」
見覚えはある。確か何度か食堂で顔もあわせたこともあるし、なんなら寮の部屋の近くでもすれ違う度に挨拶をしてくれる顔だ。名前も働いている部署も知らないけれど。
「あぁ、私ミリーって言うの。ここで経理の仕事をしてるわ。あなた、ディクリーヌよね? あらためてよろしく」
「……ええ。よろしく……」
事態が飲み込めずに、テキパキとテーブルの上にサンドイッチやら持ち込んだ紅茶やらを並べていくミリーの姿を見つめる。
「さ、食べましょ! あなたのことだからきっと、昨日の今日でもちゃんと休まず出勤するんでしょ?」
「……ええ。それは……まぁ……」
急かされるように湯気を立てる出来立てのそれらを口に運ぶ。
誰かと食事をとるのはノートス家を出て以来だな……なんて思いながら、ミリーの様子をそっとうかがえば。
「くくくっ……!! 鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるわね。食べ終わったらちゃんと説明してあげるわ。なんにも覚えてないんだろうし」
そう言ってミリーは話してくれたのだった。昨日私が職場で男に襲われ、メルヴィンに助けられた後の顛末を。
「……じゃあ私はメルヴィンに運ばれて、ここまで? 私……気を失っちゃったの……?」
「正確に言えば、女子寮の敷地内に入ってから運んで着替えさせて寝かせたのは、私だけどね。……彼、あなたの恋人??」
「ま……まさかっ!! ただの同僚よっ!! そんな親しくだってないわ!!」
ミリーのからかうような問いかけに、慌てて首を横に振る。するとミリーは少し残念そうに首をすくめた。
「なぁんだ。すっごくあなたのこと心配してたし、あなたを抱きかかえてる姿がまるで騎士みたいでキュンキュンしたのに!!」
「キュンッ……!? そんなことあるわけ……!! 何より向こうが私にそんな気持ち持つはずないわ! あなただって知ってるでしょ? 私の噂」
するとミリーはぶはっと吹き出した。
「馬鹿ねぇ、誰も本気で言ってやしないわよ! あなたったらとんでもなく堅物だし真面目が服着て歩いてるみたいだもの。誰もあなたのことを遊び人だなんて思ってないわ!」
「でも……、ふしだらとかあの父親にしてこの娘ありとか……」
けれどミリーはそんな私の言葉を呆れたように笑い飛ばした。
「そんなのあなたのことを妬んで意地悪言ってるだけに決まってるじゃない!」
「……妬み?? 私を……??」
思いもよらない言葉にぽかんと口を開けば。
「だってあなた、父親はあれだけどすごく優秀だし! あなたのあの部署、相当優秀じゃないと採用してもらえないのよ!? タバサ女史って一切身分とか忖度とかしない主義だもの。絶対実力主義のあの職場でこんなに長くまともに続いているなんて、すごいことなんだから!!」
「えええええっ……!?」
「それにあなた、すごく人気があるんだもの。別にあなたのその胸がどうのってことじゃないわよ? すごく美人でまるで百合の花みたいに凛としててさ、媚びない感じっていうの? だから皆妬んでるのよ」
「……??」
さっぱり意味が分からないけれど、ミリーに言わせればここで働く者にとって媚びない強さというのは憧れらしい。自分を守る身分なんてない以上、実力と強さがなければいいように使われておしまいだから皆憧れるのだと。
その言葉に、私は表情を曇らせた。強くなんてない。ちっともない。むしろ――。
「私は弱いわ……。とても……情けなくなるくらいに。だからきっと今回だってこんな目にあって……皆に迷惑を……」
もっとしっかりしていれば、きっとこんな目に遭わずに済んだのだ。そう肩を落とす私に、ミリーは呆れたようにため息を吐き出した。思わずそれに顔を上げれば。
「……そうねぇ。確かに見た目ほど強くなさそうって思ってたよ。本当は自分に自信がなくて不安とか寂しさとか抱え込んでいるんだろうなって。だからずっと気になってたのよね……。あなた、誰ともつるまないし」
「……」
同じことをメルヴィンにも言われたのを思い出す。自分では分からない。そんなに無理をしているつもりはないし、ごく当たり前に行動しているつもりなのだけれど。
そう言ったら、ミリーに笑われた。「不器用ねぇ、あなたって本当に……」って呆れたように。でもその言い方はちっとも腹が立つような感じではなくて、むしろどこか優しくて。
私は、私のことをよく知らないのかもしれない。私が思う私自身と、まわりから見える私はもしかして少し違うのかもしれない。ふとそんなことを思った。
「ま、とにかく今は時間がもうないしまた後で話しましょ! じゃ、またねっ!! あなたの騎士さんによろしくねーっ!!」
そう言って明るく笑って出勤していったミリーを見送り、私も身支度を整え寮を出たのだった。
メルヴィンの待つ、職場へと――。




