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それからしばらくしたある日。
「ダルコ家の男爵位への降格処分が正式に決まったよ。結果だけ見れば、罪状の割には軽い処分で済んだと言えるだろう。まぁ領地もすべて取り上げられた上での降格だから、一生国に滅私奉公する羽目にはなるけどね」
「そう言えば陛下が見せしめになるとかなんとか言っていたような……? あれってどういう意味? もしかしてその仕事が……見せしめ??」
首を傾げそう問いかけた私に、父はこくりとうなずいた。
「その通り。これから一生ダルコは北の僻地にある神殿の倉庫で、一歩も外に出ることを許されず働くことになるんだよ。あのダルコにとっては、これ以上ない罰と言えるだろうな」
「神殿の倉庫番⁉ って、確かあそこってまわりにはなんにもない、あの神殿の? だって確かあそこって……」
ダルコ男爵に課せられた仕事、それはなんと女性がひとりもいない女人禁制の神殿内での住み込み仕事だった。
そこにいるのは男性の神官と倉庫番のみ。神官だけでなくそこで働く者すべてが、日夜厳しい戒律の元一切の欲を断ち切り、酒や色欲など以ての外、汚れのない清廉な生活をともに義務付けられるとか――。
「それって……ダルコ男爵にとって、地獄よりきついんじゃ……?? 巨乳どころか女性をもう一生目にすることもできないじゃないですか……」
「こらこら。淑女がそんな言葉を口にするものじゃないよ? ラフィニア」
すっかり口にし慣れてしまった感のある単語をさらりと口にしてしまい、父にたしなめられ思わず舌をぺろりと出す。
「あの人にはとっておきの罰には違いありませんわね。何しろあの人から巨乳を取ったら何の喜びも残らないもの」
「こら! ディクリーヌまで!」
父にたしなめられたディクリーヌも、小さく肩をすくめてみせる。
「まぁ何にしても、ダルコにはそれ以外の選択肢はないのだからね。その内あきらめて慣れるだろうさ」
あのダルコが男だらけの清廉な暮らしに耐えられるとはとても思えないんだけど、と苦笑しつつディクリーヌを見やる。
その視線に気がついたディクリーヌは。
「これ以上ない温情をいただいたんだもの。もし辛くても一生耐えてもらいますわ。少なくとも命はあるんですから」
「それもそうね! そういえばいよいよ明日面接ね。なんだか私まで緊張してきちゃう……。私もついていきましょうか? ディクリーヌ」
ディクリーヌがノートス家で暮らしてふた月が過ぎた。両親はこのまま養女にならないかと提案したのだけれど、ディクリーヌはそのままダルコの性を名乗り自分の力でひとり立ちして生きていく道を選んだ。
その仕事の面接が、いよいよ明日に迫っていた。
なんでもその職場というのは相当激務らしく、その厳しさについていけず、過去に何人も入ってはすぐ辞めていっているらしい。その代わり、ちょっとわけありの事情を抱えていたり身分的な問題があっても仕事さえできれば重用してもらえるのだと言う。
けれど、ディクリーヌはやる気満々だった。どうせやるなら、とことん大変でも夢中になれる仕事がしたい、と。
「でもやっぱり心配だわ……。色々言う人もいるだろうし……」
思わず私がそうつぶやけば、ディクリーヌが苦笑した。
実のところ、ダルコ家は今やいい笑いものである。巨乳好きゆえ身を破滅した馬鹿な男として。その娘であるディクリーヌもまた、ダルコ家の人間として噂の的にもなっていた。ディクリーヌ自身は自ら父親の罪を告発したのだから、恥ずべきことなんて何ひとつない。けれど人はおもしろおかしく尾ひれをつけて心ない噂を口にするものだ。よってディクリーヌがつける仕事は、現時点でかなり限られていたのだった。
その点、王宮内での仕事なら少なくとも身の安全は保証されるし寮にも入れるとあって、すでに住んでいた屋敷も失ったディクリーヌにとっては願ったり叶ったりだった。
それは確かにそうなんだけど、でもやっぱり心配ではある。人の陰口というのはじわじわと心を痛めつけて力を失わせるものだし。けれどディクリーヌは。
「陰口くらい気にしないわ。今さらよ。それにその職場は徹底した実力主義だから、私の事情は気にしないと言ってくれているのだし。もう私には後がないんですもの、やれるだけやってみるわ!」
心配する私をよそに、ディクリーヌはさばさばとしたものだ。実にディクリーヌらしい。
そんな姿を見ていると、やっぱり姉妹になってみたかったななんて思ったりもする。でもディクリーヌがそう決めたのなら応援したい。なんたって人生ではじめてできた大切なお友だちだし。
「私の心配よりあなたは自分のことを心配したら? 来週にはカイン様が戻ってくるんでしょう?」
「ぐっ……⁉ そ……それは……!」
思わぬ突っ込みがディクリーヌが入り、思わず言葉を飲み込んだ。
そう。実はカインは今この屋敷にいない。隣国とのその後のあれやこれやでしばらくここを離れているのだ。あのデビュタントパーティの日。カインと私は、花火を見ながら互いの気持ちを打ち明け合った。カインは私にルナに対するのとは違う恋愛の情を抱いていると打ち明けてくれたし、それに対し私も物心ついた時からずっと恋心を抱いていたと告白した。
そして夢心地でテラスから会場に戻ってみれば、父がなんとも言えない複雑な表情を浮かべて立ちはだかったのだった。そして。
『最終的にはお前たちの意思に任せるが、当面は結婚は認めんからな!』
そういきなり物申した父に、ぽかんとする私とカイン。
そんな私たちに、父は苦虫を噛み潰したような顔で言ったのだった。私がカインを幼い頃からずっと思い続けていたことも、そしてカインもまた思いを向けていたことを知っていたと。だからこそ、娘の記念になればと大事なファーストダンスを譲ってやったのだと。
それを聞いた私の心境は、すこぶる複雑だった。自分の恋心が周囲にダダ漏れだったなんてなんとも気恥ずかしく、いたたまれない。 でもそれより何より、困惑したのは――。
確かにあの夜カインと私は互いに好きだと告白しあい、相思相愛であることを確認し合った。けれど私はあのデビュタントをルナのための大切な夜だと考えていたし。そしてカインも転生やルナについて気持ちを整理する時間が必要だった。
そんなわけで、私たちの恋はあの夜思いを打ち明けあったまま宙ぶらりんのままだった。昔のまま、何も変わらず。よって父のその先走ったその言葉に、私たちはただただ困惑し呆然とするしかなかったのだった――。




