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私とカインの間に、沈黙が落ちた。遠くの噴水の水が高く吹き上がり、月の光に宝石のようにキラキラときらめく。
その沈黙を、カインの小さな吐息が破った。
「……ルナがそう思っていてくれたこと、救われる思いだよ。もちろん俺がルナに対して抱えていた思いは恋とかそういうものではなかったけど、俺もルナに会えて良かったと思ってる。あれは運命の出会いだったんだろうって……」
そうかもしれない。お互いにお互いの存在が支え守り合うような運命の出会い。恋とか愛とかそんな言葉では簡単に言い表せないような、大切な出会い。
「……ラフィニア、君が生まれて成長していくにつれてどこかルナと面影が重なる気がして不思議に思ってた。これで合点がいったよ。君がルナの生まれ変わりだと知って……」
ほんのちょっぴりルナとカインの結びつきをうらやみながら、その気持ちを隠して微笑んだ。
そんな私にカインは。
「君は……ラフィニアとしての君はいつも元気いっぱいで、人生のほんのわずかな時間ももったいないっていうくらい毎日を生き生きと楽しんでいた。その姿にどれだけ元気をもらったかしれない。勉強も遊びもすべてに一生懸命で、生きているってことがこんなに美しいものなんだと何度も思わされた」
これまで奪ってきたたくさんの命の重さ。それはカインをじりじりと苦しめ苛んできた。けれど、そんな自分にまとわりつく死の影を私がその明るく毎日を生きる姿で吹き飛ばしてくれたのだとカインは微笑んだ。
「だから君にとても感謝している。ルナの言葉を伝えてくれてありがとう……。思いを届けてくれてありがとう……。救われた気分だよ」
カインはそう言って、私の大好きなやわらかなあたたかい笑顔を浮かべた。前世の私ルナと、今世の私ラフィニアが大好きな笑顔を。
胸がきゅっとなり、目からぽろりと思いがこぼれた。
「ラフィニア……?」
いつの間にかカインは、私を様付けでもお嬢様でもなく、ただラフィニアと呼んでいた。
そしてふと思い出した。私が幼い頃にそう呼んでほしいと何度も何度もカインにしつこくねだったことを。どうしてそんなことを頼んだのか、今なら分かる。ルナの生まれ変わりとしての私ではなく、ただの私であるラフィニアの存在をカインに見てほしかったからだ。この世にたったひとりしかいない、私自身を。
私が成長するにつれて、カインは私を様付けで呼ぶようになってがっかりもしたけれど、今こうして名前を呼んでくれたことが嬉しかった。
「私もやっとルナとの約束が果たせたわ……。とてもほっとしているの。あなたにこうしてやっとルナの思いを届けられて、本当に良かったって……。ありがとう、聞いてくれて。カイン」
晴れ晴れとした気持ちとどこか寂しい気持ちがないまぜになって、涙がこぼれ落ちた。ずっとずっと心につなぎとめていたカインへの思い。ルナの願い。それをようやく果たした今、胸に残るのは寂しさだった。
願いを果たしたルナが夜に溶けて、少しずつ私の中から消えていく。
なんて寂しいんだろう。ルナのいない私だけの人生は、なんて自由で心細いんだろう。でもようやくこれからはじまるのだ。私だけのラフィニアとしての人生が。
その時、濃紺の空にいくつもの星が落ちて流れ落ちていった。
「星が……」
「あぁ……。すごいな……。きれいだ」
それはまるでルナのこぼした涙のようで、とても美しく儚げだった。けれどその光景は目に焼き付いて心に忘れられない跡を残す。
(ルナ……。これでいいのよね? 私、あなたとの約束、果たせたんだよね……?)
そしてまた、私の問いかけに応えるように星が流れて消えていった。
――ありがとう、ラフィニア。私の願いを叶えてくれて……。これからはあなたの願いを叶えるために生きてね! あなたの素敵な人生を……‼
そんな声が、聞こえた気がした。
「……さよなら、ルナ。もうひとりの私……。ありがとう、またいつか会いましょうね」
小さくつぶやく。
――ええ、思いも命も世界を巡っているんだもの。きっとまたいつか会えるはず! それまでさよなら! 愛しているわ、どうか幸せに。もうひとりの私……!
そしてルナは消えていった。完全に、私の中から。永遠に――。
私の目から、別れの涙がぽろりと流れた。
こうして私のルナとの約束は完全に果たされ、四度にも渡る長くおかしな転生は終わりを迎えたのだった――。
静かに瞬く月と星たちを見つめ、私は不思議な感慨と寂しさに浸っていた。
こんな思いで夜空を見つめることはもう二度とないだろう。こんなおかしな転生も、いくつもの時を超えた約束も神様の斜め上な気まぐれなのだろうから。
けれどルナに出会えて良かった。そう思っていた。
(ありがとう……。神様。ルナに出会わせてくれて。こんな経験を与えてくれて……)
私は知った。こんなにも人の願う力が強いことを。こんなにも心を動かすものだということも。
そしてその願いと愛は時を超えて世界に巡るのだと――。
胸を満たす寂しさが入り交じる不思議なあたたかな思いを感じながら、夜空を見つめていると――。
「ラフィニア……」
隣に並んだカインが一緒に夜空を見上げながら、私の名を呼んだ。
「……なぁに? カイン」
カインは、見上げていた視線を私に向けるとじっと見つめた。そして。
「……君はいつも人生をこれでもかというくらい明るく精一杯生きていて、どこへでも自由に跳ね回って傍で見ていてハラハラもするけれど、いつだって生きる喜びに満ちあふれていた。その姿がなんというか……とてもまぶしくて俺は……」
私を見つめるそのあたたかな若草色の目に浮かんだあたたかな色に、ドキリとする。
「ルナとの約束を果たすまではあきらめるわけにはいかない……。それでも時々、自分の手が血で薄汚れているようで嫌になる。けれどそんな生き生きとした君を見ていると、自分のこんな手ででも守れるものがある、と思い出せた……」
「カインの手はちっとも汚れてなんていない……。とても強くてあたたかい手よ。それは私がよく知ってる」
カインは小さく苦笑して、自分の手を広げて見つめた。
「君にルナの面影を見たからだけじゃない……。俺は君の未来も、明るいこの先の人生も守りたいと思った。この手で、君を……。ラフィニア、俺は……!」
その時、夜空に明るい光が弾けた。
その光にはっと見上げてみれば、そこには濃紺の夜空に浮かび上がる花火が花開いたのだった。
ヒューッ……!! パーンッ……!!
次々に夜空にいくつもの花が咲き、いくつもの光の線が夜空を明るく染め上げる。
思わずその美しさに見惚れ、会話が途切れる。そして顔を見合わせ笑った。
「そう言えば、デビュタントパーティの最後は花火だったな……」
「そうだったわね……! ふふっ! とってもきれい……!!」
ふたり夜空にきらめく光の花たちを見つめながら、微笑み合う。
こんな美しい夜をカインとふたりきりで過ごせたことを、神様に感謝したい。それだけで充分だ。前世の私の願い事も今世の私の願い事も叶えてくれたんだもの。
そんなことを思いながら、見惚れていると。
「ラフィニア……。俺は君を……。君をずっと……だ」
ドーンッ……! ヒューッ……!!
「……え?」
聞き間違いだと思った。けれど確かに聞こえた気がした。カインが、「私のことを好きだ」、と――。
そうしてこの日。
四度の転生人生が終わりを迎えルナとの約束を果たし終えたこの日、信じられないことに今世の私の恋もゆっくりと動き始めたのだった――。




