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その横顔はとても苦しげで悲しみにあふれていて、胸がつまった。まさか前世の私がそんな傷をカインに残していたなんて、思いもしなかったから。
「でも、ルナは嬉しかったのよ。あなたがたとえ幻想でも、平和な世界を見せてくれていたこと。外の世界では楽しいことがまだまだ起きているんだって、優しい嘘をついてくれていたこと。……だって、ルナは知っていたもの。外で何が起きているのかをちゃんと」
小さな窓からの世界しか見えなくても、それくらい分かる。日に日に町の人たちが外を出歩かなくなって、子どもの笑い声が消えていって、その代わりにすすり泣く声が聞こえてくる。
鳥たちのかわいらしいさえずりの代わりに、砲撃の音が響く。教会からはお葬式の悲しいベルの音が聞こえてきて、その数さえ次第に減っていく。
そんな中で遅かれ早かれ消える運命の自分の薬なんて、はじめからルナは望んでいなかった。望んでいたのは、ただ近づく死を前に少しでもカインに会うことだけだった。
カインに会えば死の恐怖を束の間忘れられたし、与えてくれる優しい幻想に人の優しさや強さを信じることができたから。
「だから、ルナにとってカイン、あなたの存在はまるで光のようだった。残り少ない人生を優しく照らしてくれるまるで陽だまりのようなあたたかな光」
「光……? 俺が……?」
まさかそんなことが、とでも言いたげにカインは自嘲した。
「だからこそ、ルナは命を終える間際、神様に願ったの。……どうかあなたにもう一度会えますようにって。会って自分の気持ちを伝えられますようにって」
カインが私をじっと見つめた。
さぁ、いよいよその時だ。
(ルナ……? 心の準備はいい? いよいよあなたの願いが叶う時がきたわよ)
今夜はルナのための夜だ。ずっとそう決めていた。前世の私ルナのために、今日をとっておきの夜にしてあげようって。たった九年しか生きられなかった私のために。
自分の中にいるルナに語りかけ、すぅっと息を吸い込み呼吸を整えた。そして。
「カイン……。前世の私は……いいえ、ルナは……あなたのことが大好きだった。あの小さなベッドの上で死を待つだけの毎日に、あなたはあたたかな光をくれた。お腹が痛くなるくらい楽しい笑い話や遠い行ったこともない場所の話。それにカインが見てきた素敵なもの……。どれもとても楽しかったの……」
まるで自分が外の世界をかけ回っているようだった。カインがそのあたたかな声でにこにこ笑いながら、時におもしろおかしく話してくれるそのどれもが、心をワクワクドキドキさせてくれた。そしてその優しい嘘に会うたびに心を救われたのだ。
だから絶望せずに命を終えられた。眠るように、カインと世界の幸せを願いながら――。
「でもたったひとつだけ、心残りがあったの。それはあなたにありがとうを伝えられなかったこと……」
「ありがとう……?」
私はカインをまっすぐに見つめ、言葉を選びながらゆっくりと語りかけた。祈るように、願うように、これまで私がたどってきたすべてのものに万感の思いを込めて。
ぽっかりと空に浮かんだ月に反射したやわらかな光が、庭園に設えた噴水に映る。風が吹きそよぐたびにキラキラときらめいて、まるで宝石みたい。
とてもきれいで静かな夜。ずっとずっと長い間伝えたかった思いを告げるのに、ぴったりの夜だった。
こみ上げるさまざまな思いに、視界がゆらめく。
「カイン。前世の私を幸せにしてくれてありがとう……。あなたがいてくれたから私怖くなかったわ。幸せな気持ちで、あなたを思いながら人生を終われたの。そのお礼が言いたかった。……ありがとう。そして、大好きよ。カイン。あなたがずっと好きだったの……」
これは誰の思いだろう。ルナの思いを口にしているつもりで、でもどこか今の私ラフィニアの心が混じり合っている気もする。一体この想いはどちらの感情なんだろう。
どちらにしても、大切な私の思い。四度も転生を繰り返してやっとやっと伝えることができた、大切な。
「それを伝えたくて、ルナは――私は何度も転生を繰り返してきたの。あなたに私の思いを――感謝の気持を伝えたくて。私に人生でただ一度の素敵な恋を教えてくれてありがとう。私の人生をかけがえのないものにしてくれてありがとう……」
その瞬間、私の中でルナがふわりと笑った気がした。と同時に自分の中から何かがふっと消えていく気がした。
幸せなのに寂しい――この気持ちはなんだろう。もしかしたらこれは、お別れの時なのかも知れない。そんな気がした。




