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ルナとの思い出を話すカインの横顔に、ほんの少しだけ私の記憶には残っていないふたりの時間を思って胸が痛んだ。
「嘘でも、きっとルナは嬉しかったと思う。だってルナの心はいつだって幸せに満ちていたもの。たとえ現実は少し違っていたとしても、それがルナの生きる希望になっていたと思うの……」
私の言葉に、カインも小さくうなずいた。
「そうかもな……。でも実際希望をもらっていたのは俺の方だ」
「カインが……希望を?」
「あぁ……。戦況が悪化するにつれて戦場にかり出されることが日に日に多くなって、何度も何度も戦った。今が朝なのか夜なのかも分からなくなるくらい、必死に……。でもそのうち分からなくなったんだ。自分がなんで戦っているのか……」
血と汗と土にまみれて、ただ必死に敵と剣を交えて。
両国の兵士が暗闇の中で入り混じり、戦う内に誰が誰なのか、味方も敵も分からなくなって。ただ生き残るために、剣を振るう。身を守るために、逃げて走って戦って。
気がついたら、自分が何をしているのかなぜ戦っているのか分からなくなっていたとカインは言った。何のために誰かを傷つけて、自分も仲間もボロボロになって血と泥にまみれているのか。
本当は逃げ出したかった。戦うことから、いくら敵兵とは言え人を傷つける行為から。けれどそんなことをしたら自分の国が、大切な守りたいものがどんどん失われていくだけだ。その相反する思いに心が壊れて挫けそうになっていたと。
「でもルナと会うと、思い出せた。……自分がこの国を守るために、ここに暮らす人たちのごく当たり前の日々を守りたくて警備隊に入ったんだってことを。ルナは戦う理由を思い出させてくれたんだ。あの笑顔で……」
ルナのもとを訪ねくだらない話をしてその笑顔を見るたびに、心を奮い立たせることができた。そうカインは言った。
「ルナのような子を守るために戦うんだと自分に言い聞かせて、俺は必死で戦った。大切にしたいものを、国を、ルナを守るために。……でもある時砲撃で道がやられて、食糧も薬も完全に町に届かなくなって」
それはきっとルナが九才の誕生日を迎える半年くらい前のことだ。
確かに覚えている。もう薬どころか食糧も手に入りにくくなっていつも幼い弟妹たちはお腹を空かせていた。だから両親に言ったのだ。「もう私の薬はいらないから。その分皆の食べるものを買って」と。
だってどの道死にゆく人間に、ほんの少し寿命を伸ばすための薬を無理矢理飲ませたところで結果は大して変わらない。ならば未来が長く残っている人のために使ったほうがいい。ルナはそう思っていたのだ。
不思議なことに、その時のルナの感情が手に取るように心に浮かんで今の自分の心を重なった気がした。きっとこれはルナがその時の自分の気持ちをカインに伝えてほしい――そう言っているのだと思った。
「でもあれは、別に生きることを投げ出したわけじゃなかったのよ。ただもう十分だと思えたの。私は私なりに十分に生きたって。だから、あとは天に任せようって」
今の私の体を通して、カインに思いを伝える。まるでルナが乗り移ったみたいに。カインはそれを自然に受け止め、聞いていた。
「……たった、九年しか生きられなかったのにか?」
カインの目が悲しげに揺れた。
確かにほんの九年だ。まわりから見たらきっとあっという間の短い人生だったろう。でもルナにとっては――。
「他の人にとってはたったの九年でも、私は楽しかったわ。あんな状況だったのに、あなたは私に楽しい話をたくさんしてくれた。腹がよじれるほどたくさん笑ったわ。一生分、ね。それに……」
そう。それに恋もできた。とびっきり素敵な優しい恋を。
「ルナは薬がもう尽きていることを、最期まで俺に黙ってた。いつもと同じように笑って、楽しい話をせがんでただ楽しそうに……。だから俺は何も言わなかった。いつものように馬鹿みたいな話をして笑顔でいつも「また来る」と約束して別れた。でも心の中では決めていた」
カインはルナの笑顔を守るために命の灯を消さないために必死に道を攻撃から守り、一日も早く薬が届くようにと戦ったと言った。道の安全が確保されれば、薬は届く。そうすればルナが助かるに違いないと思って。
でも――。
「やっと届いた薬を手にルナの家へと行ってみたら、……もう」
それはルナの九才の誕生日だった。けれど八才のまま、ルナは――前世の私は命を終えていた。
「もっと早く薬を届けられていたら……、敵の攻撃を防げていたら……。ぐるぐる考えて、考えて……でももうルナはいない。それが悔しくて、もう二度とこんな子を出しちゃいけないと思った。だからルナに約束したんだ。絶対に戦争を終わらせて、この国に平穏な日々を取り戻して見せるって」
それは、カインの誓いだった。ルナという少女が残した、大切な誓い――。それを胸に、ずっとこれまで隣国との戦いを終わらせるために戦ってきたのだと。
「だから君の――ベーゼル様に言われて和平調停に向けた手伝いをしないかと言われた時は、チャンスだと思ったよ。やっとこれで戦争を終わらせられると。でもことはそう簡単じゃなかった……。あれから十八年もかかって、やっと調停の場に両国が着くところだなんてな」
そう言ってカインは苦笑した。
でも私は知っている。カインも父もどれほど苦労して今の状況を作ってきたのかを。隣国との戦争は、停戦を何度も挟んで繰り返し小さな火種をずっと燻らせながら続いてきた。それをなんとかやっと父たちが努力を重ねて、話し合いの場までこぎつけたのだ。
「もっと早くなんとかしていたら……と思わずにはいられない。なんでもっとなんとか薬を手に入れて、もう少し命を延ばしてやれなかったんだろう、と」
自分を支え続けて鼓舞し続けてくれたルナに、それしか返せるものなんてなかったのに救えなかった。最期に声をかけてやることすらできなかったことを、ずっと悔やみ続けてきたとカインはつぶやいたのだった。




