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はぁ……とため息を吐き出し、天を仰いだ。
確かにディクリーヌの言う通りだ。他人のことを心配している余裕はないと言えばない。ルナの存在が自分の中からきれいに消えてしまった今、私は大きな問題に直面していた。自分の恋をどうするか――という問題に。
「恋って……難しいものね……。野菜作りの方がずっと分かりやすいわ……」
カインのことが好きという気持ちに間違いはない。それは揺るぎない確かなものだ。そして、幸運なことにカインもまた私に思いを寄せてくれていると言ってくれた。
嬉しい。とんでもなく嬉しい。で……、その先は?
きっと私たちは、俗に言う恋人同士というものになったのだろう。思いを伝え合い、それぞれが互いを好きだと言うことははっきりしたのだし。しかも、父も身分や年の差など気にせず、ゆくゆくは結婚を認めるとまで言ってくれているのだ。
けれど、肝心の私たち自身の準備が整っていないというか、どう関係を進めていったらいいのかわからないというか――。
「世の恋人たちは何をどうしているのかしら……。両思いになったからって、じゃあ次はどうしたらいいの……?」
思わずぽそり、とつぶやけば、ディクリーヌが答えてくれた。
「貴族同士なら婚約して、手順通りに何度か会って親交を深めてお式を挙げれば済みますわね。まずはデートからはじめてみては?」
「デートって言っても、昔からふたりであちこち出歩いてるわよ?」
なんなら手をつないで歩いたりも珍しくもないし、肩車だって。もちろんそれは小さい頃の話だけど。
「それとこれとは別だと思うわ。だって告白し合う前でしょう?」
それはまぁそうだ。あれ以来カインは仕事で屋敷を離れているから、ふたりで畑仕事に出ることすらしていないし。
「正直カインにしばらく留守にするって聞いた時はなんでこのタイミングでって思ったけど、今思うとちょうど良かったのかも……」
「え?」
「だって、お互い気持ちの整理をするために時間が必要だったのかなって……。こんなんじゃ、何をどう話していいかもさっぱりわからないもの……」
恋のはじめ方なんて、完全にお手上げである。
誰もそんなこと教えてくれなかったし、どうやらカインもそういうことに関してはあまり明るい方ではないようだし。
「このままカインと悶々としたまま満足に話もできないままだったら、どうしよう……」
思わず頭を抱え込んだ私を、父があきれたように口を挟んだ。
「言っておくが、カインを隣国に行かせたのは私ではないからな。あいつが行くといってきかないから……」
「そんなこと分かってるわ。カインが一日も早く両国に平穏を取り戻したいからって、自分から言い出したのは知ってるもの!」
それまた実にカインらしい。今頃カインは、雪芋栽培を本格的にはじめた国境付近の町や村でその手伝いに奔走しているのだろう。それもこれも私がもたらした雪芋栽培を一日も早く軌道に乗せ、隣国を平穏に導きルナとの約束を叶えるためだと言って――。
「まぁあと数日もすれば、カインも戻ってくる。そうしたら落ち着いて話もできるだろう。……だが」
父の目が、キラリと鋭く光った。
「言っておくが、婚約はまだ先だからな。せめて十七……いや、十八才になるまでは許さん。それまでは花嫁修業にきちんと励むこと! いいね、ラフィニア」
どこか悔しそうな表情でそう告げた父に苦笑しつつ、素直にうなずく。
「わかってるわ。まだまだ農業研究も続けたいし、世界から戦争をなくすためには他にもまだまだやらなきゃいけないことは山ほどあるもの! のんびりしている暇なんてないわ!」
けれどどうやら父が言いたかったのはそういうことではなかったらしい。
「違うっ!! そっちの修行じゃない! まったくお前は畑を耕したり魚釣りだのと、本当にどこに突き進むつもりなんだ……!」
「あら、世界を愛でいっぱいにするためには絶対に必要なことよ。お父様」
そうきっぱり言い切った私を、もはや父も母も苦笑して肩をすくめて見ていた。
確かに破天荒なのは理解している。自分がごく普通の貴族令嬢にも誰かのお手本になるような貴婦人にもなれないだろうことも。けれど私は、今世でこんなにとびきり健康で丈夫な体を手に入れたのだ。どこへでも行ける、何でもできる行動力も自分の頭で考えることのできる頭も。前世の私がしたくてもできなかったことが、今世ではできる。それがどんなに素敵なことか。
ならばその力で、自分の守りたいものをできる限りの力で守らなくては。
カインがこの国を守ろうとしたように、ルナや私を守ろうと頑張ってくれているように。私だって愛するものを守りたい。
「まぁ、カインが戻ってきたらゆっくり散歩でもしながら話をしてみるわ。なんでも……昔話でもくだらない笑い話でも。人生の時間はまだまだあるもの」
私はそうつぶやいて、窓の外を見上げたのだった。




