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私とディクリーヌが手を取り合い友情を確かめ合っている間、父はしばらく何かを考え込んでいた。そして顔を上げると、この一件を自分に任せてほしいと提案したのだった。なんとか自分が取り計らってディクリーヌに害の及ばない形に持っていくからと。
その提案に、ディクリーヌはうなずいた。
「もちろんすべてお任せしますわ。……ただ、ひとつだけお願いがあります。メイドのことなのですが……、あの子は病身の母親を盾に取られて逆らえなかっただけなのです。ですからどうか罪には……」
あのメイドは普段から、病気の母の治療費を盾にいいようにダルコ伯爵に扱われていたらしい。きっと今回父の言いなりになったのも脅されてのことだろうから、どうにか寛大な処分を頼むとディクリーヌは頭を下げたのだった。
その瞬間、私はポケットの中に入れっぱなしになっていたそれを思い出したのだった。
「そうだったわ! すっかり忘れてた。……これ、ダルコ伯爵が今回のことをしかけた証拠品になると思うの」
そう言って、私は例のイニシャル入りのリボンタイを父に手渡した。そのイニシャルは確かにダルコのもので、娘であるディクリーヌによってそれがダルコの私物であることが判明した。
「今の話を聞いて納得がいったわ。きっとそのメイドの子、わざとこんなイニシャル入りのもので縛ったのね。紐を緩くしてすぐに逃げ出せるようにしてくれたのも、私をなんとかして助けるためだったのよ!」
「そう……。あの子がそんなことを……。あの子にも申し訳ないことをしたわ。ダルコ家で雇われたばっかりに、こんなひどい目に……」
父はディクリーヌの頼みを快諾した。
このリボンタイもあのメイドも、横領の記録を持ち出したという元使用人もきっとダルコの数々の悪事にまつわる真相を進んで証言してくれるに違いない。となれば証拠はそろっている。必ずやダルコを断罪できるはずだ。
「じゃあお父様、あとは任せたわね! 大丈夫よ。ディクリーヌ! お父様に任せておけば何もかもうまくいくわっ。こう見えてお父様はやり手なんだから‼」
「こう見えてとはなんだね? ラフィニア。……まぁいい。君たちはデビュタントパーティがはじまるまで格好を整えて、どこかで待機しているといい。どこか体を休められる場所を借りるとしよう。それでいいね?」
父の提案に、ふたりそろってうなずいた。
そして私とディクリーヌは父にすべてを託し、ふたり束の間の休息を取ることにしたのだった。
「なんだかとんだデビュタントになっちゃったわね。お互いに」
父がこっそり用意してくれた部屋でボロボロに乱れたドレスや髪をなんとか整え、ほぅ、と息をついた。
どうやら想像していたものとは大分違うデビュタントになりそうだ。なんといっても祝いの場であるはずのデビュタントが、ディクリーヌの父であるダルコ伯爵の断罪の場となる予定なのだから。
デビュタントは、子どもから大人への階段を上る大切な儀式。いくらデビュタントが貴族社会の作った通過儀礼のひとつに過ぎないとはいえ、やっぱり気持ちは複雑だ。大人になるのは随分とほろ苦い、というよりなんとも苦々しい。できたらあまり汚い部分は知りたくないと思ってしまうのは、私がまだ大人になりきれていないせいなんだろうか。
「あなたには本当に申し訳ないことをしたと思ってるわ……。大切な日を台なしにして、本当にごめんなさい……」
ディクリーヌがうつむいたまま、頭を下げる。スカートの上でぎゅっと握りしめられた両手が痛々しい。
「別にあなたのせいじゃないわ! 結果的に何事もなかったんだし、きっと事情がわかれば王妃様だって許してくださるでしょうし、そもそも王太子妃にも興味ないし。だって、私には大好きな人がいるもの‼」
そう、前世からずっと大好きな人が。私たちがダルコについての話を父に打ち明けている間、カインは馬車の外で待機していた。馬車を出たあとも、カインはただ黙って優しく見つめてくれた。まるで何も心配はいらない、とでも言うように。
その優しい眼差しに涙が出そうだった。できることなら子どもの頃のように抱きついて、甘えたくなるくらいに――。けれどもう私は子どもじゃない。もう二度と無邪気に甘えられる日なんてこないのだ。それが大人の階段を上ったということならば、なんて寂しいんだろう。そんなことを思った。
カインの眼差しを思い出し、切ない思いに浸っているとディクリーヌが問いかけた。
「それってもしかしてさっきの人? 馬車の外で待っていた……」
「……ええ、そうよ。とっても素敵な人なの。私にとっては誰よりも大事な……」
「そう。でも、あの人って……」
その声ににじんだ色に、ディクリーヌの言いたいことを理解した。
「いいえ、貴族じゃないわ。小さい頃から父の仕事の手伝いをしているの。でもいいの。身分とか年とか関係なく、私はずっとずっと大好きだから。どうせはじめから実りっこない恋だもの。そんなことずっと前から知っている。……でもいいの! 実らなくってもそれはそれよ! だって私、こんなに幸せな恋をしたんだもの‼」
今ならルナの言った言葉の意味がわかる気がした。こんなに素敵な恋を教えてくれたカインに感謝の気持ちを伝えたいのだと、後悔などひとつもないのだと。
そのほろ苦い、けれどとても幸せな思いにじわりと涙がにじんだ。
「そう……」
ディクリーヌはそう言ったっきり、何も言わなかった。
「それよりディクリーヌ、あなたはこれから大変ね……」
貴族として生まれ育った人間が、平民として生きていくのは大変だ。まして領民から恨みを買っているであろうダルコ家の娘ともなれば、きっと今の領地では暮らせないだろう。もちろんこれまでに貴族として受けてきた教育や知識を活かして、教師などになる手はある。でも果たして、犯罪を犯した男の娘にそんな仕事は回ってくるかどうか……。
「仕方ないわ。……私は見た目がこんなだし、元からよく色眼鏡でみられるの。ひどいのよ? 皆胸がちょっと大きくて派手顔だから遊んでるに違いないって……。でもここまできたらなんでも勇気を出してやってみるしかないわ!」
「ディクリーヌ……。私、あなたの味方だからねっ‼ 私にできることがあったら何でも言ってちょうだいっ。きっと力になってみせるからっ‼」
そう拳を握りしめて力強くうなずいてみせれば、ディクリーヌは嬉しそうに笑ったのだった。その笑顔に私はとある名案を思いつき、ぽんと手を叩いたのだった。




