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ようやくディクリーヌとともに建物の外へと飛び出せば、視界に見覚えのある人影がふたつ飛び込んできた。その姿を見た瞬間かけ出していた。
「お父様っ……、カイン……‼ おかえりなさいっ! 無事で……無事で本当によかった!」
日が傾き始めた外の景色に目を細め安堵の息を漏らした時、視界に入ってきたもの。それはたった今到着したばかりのノートス家の馬車だった。
「……ふたりともっ! 無事に間に合ったのね……‼ どこもけがはない?」
涙で頬を濡らしかけ寄った私の姿に、父が目をまん丸に見開いた。
「ラフィニア! 一体なぜこんなところから……? 一体ここで何を……、今はまだ謁見中では……? それにその格好は……??」
カインも私のボロボロな姿に驚いて困惑している。無理もない。ダルコに鷲掴みにされたおかげで髪はぐしゃぐしゃだし、ずっと走ってきたせいでドレスだってひどい有様なのだ。そしてそれは隣りにいるディクリーヌも同じようなものだった。
息も絶え絶えなディクリーヌにちらと視線を送り、カインは眉をひそめた。
「一体何があったんです? ラフィニアお嬢様。この姿は一体……? それに君は……」
私の後ろに気まずそうな顔で立っていたディクリーヌが、やっとのことで息を整えふたりに頭を下げた。
ディクリーヌのただならぬ様子に何かを察したのだろう。父は私とディクリーヌをちらと見つめると、今降りたばかりの馬車を指さした。
「……どうやらわけありのようだな。とにかく中へ入りなさい。ここなら誰にも聞かれずに話ができる。さぁ、ふたりとも」
「大丈夫よ。ディクリーヌ。お父様に何もかも話して? きっと力になってくれるから!」
そう戸惑うディクリーヌを励まし、私たちは父とともにノートス家の馬車の中に乗り込んだのだった。
「それで? 王妃様の元にいるはずの君たちがここにいる理由を聞こうか」
馬車に乗り込むやいなや、父は単刀直入に切り出した。穏やかな声だけれど有無を言わさぬ強さを含んだその声に、ディクリーヌの肩がびくりと反応した。
「……私は、ディクリーヌ・ダルコと申します。私は父の指示でラフィニア様に危害を加える手助けをいたしました。ノートス家を王妃様の不興を買うように仕向けるために……。けれど父を裏切った私を、ラフィニア様が助けてくれたのです」
ディクリーヌのその告白に、父の目が鋭く光った。
「……ほぅ。詳しい事情を聞こうか?」
静かだけれど圧を感じる父の声に、どうやらディクリーヌは覚悟を決めたらしかった。すぅ、と息をひとつ吸い込むと、小さくうなずいた。
「……すべてお話します。私の父が企んだすべてを」
ディクリーヌは自分が知り得るすべての情報を父に話して聞かせた。それによれば、ダルコ家の家計は相当に火の車らしい。その原因はダルコの遊興費に他ならない。それを補填するためにこれまで税金の横領を行ってきたが、それでは足りなくなり最終的に自分の娘を王太子妃候補に差し向けるための企みを考え出したのだという。
「父は娘の私を王太子妃候補にするために、今後和平協定が無事結ばれた功績により候補にあがってくるに違いないノートス家を今のうちに蹴落としておこうと企んだのです……。その手伝いを私とメイドにさせ、ラフィニア様の名前に傷をつけて陥れようと……」
「ノートス家が、王太子妃候補だと……⁉ そんなこと無理に決まっているだろう……? なんでまたそんな夢のようなことを考えついたんだ……??」
父の呆れたような言葉に、ディクリーヌは自嘲した。
「父はおかしな熱に浮かされているのです……。私のこの巨乳さえあれば、王太子妃にだってなれるに違いない、と。馬鹿な話ですわね。父の頭の中はいつだって巨乳のことでいっぱいなのです。いかがわしい店に出入りするお金を捻出するために、これまでも横領や多額の借金まで……」
「……ぶふぉっ! 巨……⁉」
ディクリーヌが口にした言葉に、父が思い切り吹き出した。
「お父様……。ハンカチをどうぞ?」
ゴホゴホと咳き込み動揺を隠しきれない父に、そっとハンカチを手渡す。
動揺する気持ちはよぅく分かる。まさかこんな美しく着飾った凛とした外見の令嬢の口から、巨乳だなんて単語が飛び出すなんて思わないもの。あのダルコ伯爵が口にするのとディクリーヌが口にするのとでは、さらにその衝撃度が違うというものだ。
しかも横領なんてとんでもない事実まで聞かされたのだ。動揺するなというほうが無理がある。
けれど、あの男の行動や言動を目の当たりにした私からすれば、そう驚くことでもない。そのくらい、いかにもやりそうだ。
ディクリーヌはそんな私たちを気に留めるふうもなく、淡々と続けた。
「……父はいわゆる無類の巨乳狂いなのです。何年も領民から法外な税を取り立てその金を着服し続けているのも、すべて同じ嗜好の仲間たちが集まるいかがわしい店に出入りして遊び回るためで……」
げんなりとした顔でそう吐き出したディクリーヌに、思わず問いかける。
「そんな店があるの……⁉ えっとつまり、巨乳好きが集まるような店が……??」
つい目の前に父がいるのも忘れ、興味にかられてそう問いかければ、ディクリーヌがこくりとうなずいた。
「えぇ。なんでも巨乳の女性がお酒の相手をしてくれる専門店で、ローズなんとかっていうお店と、他にもえーと……なんていう名前だったかしら? なかなかに盛況らしいですわよ?」
「へぇーっ! 巨乳の女性しかいないお店なんてあるのねぇ……。人の好みって色々ね……」
思わず不思議な世界もあるものだとうなずきあう私たちを、父が「お前たち、その辺りにしておきなさい……」とたしなめた。確かに年頃の令嬢がする話題ではない。
父がこほん、と小さく咳払いをして先をうながせば、話がそれたことに気がついたディクリーヌがはっとしたように話を戻した。
「ええと、それで巨乳好きの父からすれば私のこの胸は王太子妃候補となるとっておきの武器になると考えて、こんなことを思いついたのですわ。馬鹿げた話ですわね、まったく……」
「……」
「……」
言葉を失う私と父。そんな私たちに、ディクリーヌは深く深くため息を吐き出したのだった。




