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枯渇

 ↵ 


 (コロニー)へ寄港できることになった。もとの街を発ってから数週間ぶりの人里だ。ギルドのデータベースから事前に調べておいた候補の中で、ちょうど航路の近くに流れ着きそうな場所があったのだ。

 食糧かつ燃料である食糧液の残存量は、いまだ低空飛行状態が続いている。村で多少足元を見られようともたっぷり補給して、安心を買っておきたいところだった。

 

 広大な砂の中に、丸みを帯びた(ドーム)がいくつも連なっている村の姿が見えてきた。規模は小さく、いかにも辺境と言った風情だが、寄港する旅人や商隊を相手にするための補給用タンクなどはちゃんと備わっている。

 ……空と砂と蟲以外のものをひさしぶりに見た気がする。どこかホッとする気分がある。


 船長ヴェラ、俺、リンピア。この3人で交渉に向かうことになった。足は通常モードのアーマーと、小型ホバーボートだ。

 巨大な船や大勢のアーマーでいきなり接近すると、村人を過剰に警戒させてしまう。無用なトラブルを避けるために、村へ降りるメンバーは最小限。それが荒野における礼儀というものだ。

 

 近づくにつれ、村のアーマーが出迎えるように歩み寄ってきた。門番兼、案内役といったところか。

 よく使い込まれた機体だ。腕には定番のライフル砲。左右の肩にも予備を吊っているように見える。予備を2丁も? いや、あれは肩武器だ、背負ったまま照準と射撃ができるように改造しているのか。全武装をライフル弾で統一しているのはやはり辺境の補給事情ゆえか。かなり扱いづらいはずだが、虚仮威しとも思えない。そうか、砂漠で伏射撃をすると考えればあの形状は……


 ↵


「食糧液が無いだってぇ!?」


 ヴェラ船長の悲鳴に近い声が、砂埃の舞う村の広場に響き渡った。

 村の長らしき老人と交渉していたヴェラは、盛大に頭を掻きむしりながらこちらへ戻ってきた。


「駄目だ、話にならん。売ってもらえないとさ」

「値段で折り合いがつかないのか?」


 リンピアが尋ねると、ヴェラは忌々しそうに砂を蹴り飛ばした。


「モノ自体が無いんだよ。村の貯蔵タンクがスッカラカンになっちまってるらしい」 

「それは……まずくないか?」

「まずいに決まってるよ」


 村で補給できないとなると、旅は厳しいものになる。

 俺たちはここまで、何度も蟲を狩ることで自給自足し、飢えることはなかった。だがそれはあくまで「手頃な蟲の群れに定期的に遭遇できること」を前提とした、綱渡りのような状態だ。

 もし蟲のいない地帯が続いたり、逆に狩る余裕のないほど大きな群れやトラブルに遭遇したりすれば、あっという間に船のタンクは底をつく。そうなれば、なけなしの食糧液はホバー船を動かすための燃料へすべて回され、人間の食事は二の次という事態に陥る。

 そこに待っているのは、黒虫スープ三食という地獄。件のブツは廃棄されることなく、いまだに保存タンクに詰められて倉庫の奥深くに封印されている。あれが解き放たれることなど考えたくもない。

 そんな事態を回避するための、余裕を得るための補給だったはずなのだが。

 そもそも、村の食糧液が枯渇しているというのは、かなりの大事件だ。


「よそ者だからって嘘をつかれているわけではないんだよな? なんで空になってるんだ?」


 村には活気がなく、まばらに歩く村人たちの顔色も悪い。

 船長は声を潜めて言った。


「虫が湧いちまったんだとさ……小さくて丸い、黒い虫が」


 俺達は無言で顔を見合わせた。

 出港直後、俺達の船のタンク内で異常発生したあの害虫──それが遠く離れたこの村でも?

 リンピアが鋭い目つきで言った。


「……ギルドへ行こう。この規模の村でも、()()はずだ」


 ↵


「この虫さんは~……あ、ありましたよ。食糧液が大好物ということで、30年前に隣の流域で大問題になったようです。念入りに駆除したみたいですが、まだ生き残ってらっしゃったんですねえ」


 この村の受付嬢は、子供だった。村の小さな酒場の片隅にある、石造りのカウンター……そこに立っていたのは、十歳にも満たないような幼い童女の姿だ。

 間延びした無邪気な声でホログラムのウィンドウを展開する彼女は、人間ではない。

 人間の姿をした『経済円滑化システム』──通称、ギルドそのものだ。

 この世界で『ギルド』と呼ばれているのは、人間の組織ではない。実際のところは、大昔の超文明が遺した『経済円滑化システム』として働く人工知能の類だ。

 彼らは今もなお、人間がある程度の規模で集まるところに自然発生し、勝手に人々の便宜を図ろうとするので、人間たちも都合よくそれを利用している。商業で栄えている場所なら商売取引をメインに取り扱い、ディグアウトが盛んな場所ならディグアウターたちを相手に取引を仲介するようになる。村ができたからギルドが現れるのか、それともギルドが現れたから村が発展していくのか。「卵が先か鶏が先か」とは、荒野の人間たちの間でもよく酒の肴になる疑問だ。

 人工知能はいつのまにか汚染されて殺人機械(マーダー)化することがあるために忌避されることが多く、大都市によっては完全に人間たちだけで切り盛りしている。が、今のところ『ギルド』が不具合を起こしたという話は無い。

 特に荒野において、ギルドは強く信頼されている。というのも、彼女(?)たちが持つ機能のひとつに、人物を記憶し、日々の経済活動をもとに『信頼度スコア』を管理するという能力があるためだ。

 法も警察も存在しない流動する大地で、見ず知らずの他人の何を信じればいいのか。最後に物を言うのは装甲と砲弾だが、毎度命のやり取りをしていては身が持たない──つまり『経済的』ではない。

 そこで役立つのが信頼度スコアだ。スコアが真っ赤な連中なら最初から火器のセーフティを外して警戒できるし、スコアがまともなら、ひとまず撃ち合いではなく腹の探り合いから交渉を始めることができる。

 ギルドによるスコアは公平かつ的確。職業によってランク付けされることもあり、その『基準』は人と人とが互いを信じて経済活動を行うために、なくてはならないものになっている……


 ……という事を、俺が知ったのはわりと最近だ。というかつい先日だ。フィクション作品でギルドという存在に慣れていたせいで、そういう便利な組織があるんだとばかり思っていた。

 もとの活気ある街にいたギルド職員は大人の女性の姿をしていたうえに、分体も複数いて、人間用にわかりやすい掲示板や紙の書類などを充実させていた。

 が、辺境の小さな村に発生したこの個体は、村の規模に合わせてかなり年少な姿をしているらしい。設備もカウンターがあるくらいで、ホロパッドを提供してくれるだけ。

 それでもデータベース自体は、近隣のギルド同士とリンクした信頼できるものだ。


「では、この村に最近、不審な人間が来たかどうか知りたい。信頼度スコアが低かった者、あるいは開示を拒否した者は?」

「うーん、目立った方はいませんねえ」

「ちょっといいか? 私の言う条件で検索をかけてくれ」


 リンピアがつらつらと指定を追加していく。


「あ、それなら2名いらっしゃいましたよ。1週間前ですね」

「……なるほど」


 リンピアは唇を笑うように歪める。獰猛な表情だ。


「それはどういう奴だ?」

「狩り逃し──ジャンク街で悪巧みをしていた連中のうち、証拠不十分のまま行方をくらましていた奴らだ」

「フウン、ここまで追ってくるとは……執念深いやつらに目をつけられてるね」


 彼女は前の街で犯罪組織を壊滅させていた。その恨みを買っていまだに付け狙っているやつがいるのだろう。


「タンクに虫が湧くのは普通にゃ考えられない。誰かが人為的に仕込んだんだ。おそらくジャンク街が崩壊したとき、混乱のどさくさに紛れて潜伏役に工作されたんだろう。補充の中に紛れこませていたか、排出孔から侵入させたか……出航前はドタバタしてて管理の甘いところがあったからね」

「目的はなんだと思う? 単に兵糧攻めしたいだけか?」

「……ルートを固定するためだね。ここで補給できなかったとなると、アタシ等は確実に補給ができる、大きな街へ寄る必要がある」

「つまり、待ち伏せをしかけてくるワケか」


 船長とリンピアは深く頷き合い、さらに情報を検索し始めた。付近で活動中の『クリア』な人間たちと『グレー』な連中を見分けるため──誤射をできるかぎり避けるため──一瞬の判断ですべてが決まる状況で、致命的な有利を取るためだ。

 これから船が向かう先には、確実に敵が潜んでいる。

 なんだろう、ワクワクするようなフワフワするような、不思議な気分だ。これまでも何度か野盗狩りはしたが、俺は拠点の判明しているところへ奇襲をかける側で、楽勝ばかりだった。防衛戦も危険度は高かったが、よく見知った相手だった。今回は少し違う。明確な敵意でこちらを狙い澄ましている相手に挑まなければならない。


「すみません、経済円滑化システムさん……って呼び方であってますか?」 


 女性たちがホロパッドに集中していて手持ち無沙汰なので、同じくホロパッドを提供したまま暇そうだった受付嬢に話しかけてみた。見た目子供なのでどう接するか迷う。不審者みたいだ。


「はい、こちらは経済円滑化システムですよ」明るい笑顔だ。「受付さんとか、お嬢ちゃんとかでも構いませんよ? なにかご用ですか?」


 無邪気な振る舞いに気後れしそうになるが、聞いてみた。


「この前聞いたことについて、ちょっと詳しくお願いしたいんですが。『傭兵支援システム』について……」

「うーん? すみません、よく分からないです。傭兵という職業は、現在取り扱っている地域はありませんねえ」


 なん……だと……?


「べつの『私』と何かお話したんですか? ごめんなさいなんですが、個人記憶まではリンクしてないんです」 

「そ、そうなのか……」


 前に見知っていた素敵な受付嬢さんが、俺の喜ぶようなことを言っていたので詳しく知りたかったのだが。そもそも本当のことだったんだろうか。からかわれただけか?

 

「もっと大きな街や古い街なら、成長した私が居ます。そっちに聞いてみたら、お相手できるかもしれません」


 親切に教えてくれたので思わず飴ちゃんをあげると、喜んで頬張りだした。見た目と同じく中身も幼いところがあるのか。不思議な生き物だ。生き物じゃないらしいけど。


 ↵


 村の食糧液タンクは可哀想だが、俺達にはどうすることもできない。「虫肉ですが」と現物だけを村長にお裾分けしておいた。幸い各家庭には多少の備蓄があり、しばらくは持つとのこと。それまでに他の商隊から仕入れるなり、村人総出で狩りに出るなりして凌ぐのだろう。荒野の生活が厳しいのはどこも同じだ。

 推定犯人の潜伏野盗は容疑濃厚ということで、信頼度スコア没収のうえ近隣エリアにも手配済み。荒野の平和のためにも一刻も早く駆除したいところだ。


「この船の武力担当は私たちだ。見せ場だぞ」


 船に戻ると、リンピアはやる気満々で、愛機赤兎(セキト)を入念に整備しはじめた。仕留めそこねた相手の尻尾を捕まえたことで興奮しているようだ。血の気の多い女である。

 街から遠く離れた村にまで工作してくる野盗たちの執念にはうんざりさせられるが、リンピアの殺る気もまた驚きだ。

 

「そんなに嫌な思い出でも作られたのか?」

「嫌な思い出しか無いな。人の努力を嘲笑う者はこの世から消えてしまえばいい」

 

 よほどのことがあったらしい。彼女は見た目が小さくて舐められやすそうだし、簡単にトラブルが起きたことが想像できる。 


「ロックフェイスが使えないが、そっちは大丈夫なのか?」

「うん、まあ、問題ないだろ。予備でもいける」


 現在、俺の愛する1番機は自動修復中。直近で素晴らしい戦いぶりを見せたが、限界まで力を出し切りすぎたのだ。

 そのため俺は予備機で戦うことになるが……正直なところ、戦力はあまり落ちない。マーダーやキメラ相手の超多数戦ならともかく、野盗なら負けることは有り得ないというのが俺の考えだ。


 今後、船はここから、物資が豊富で確実に補給が可能な街へと針路をとる。そのルートは絞られていて、道中で待ち伏せを受ける可能性は大きい。

 ……とはいえ、どうしよう。サジたちを戦闘訓練しておくべきか、安全のため船に待機させておくべきか。蟲狩りは続けるべきか否か。命は大事にしたいが、過剰に警戒してばかりいるのもうまくない。

 悩む……護衛ミッションと同じ難しさだ。俺自身に関してはどうとでもなるが、味方の安全まで考えるとなるとなあ。だからこそ楽しいところもあるが。


 ↵


 慌ただしいながらも平和な船旅が終わり、船が本格的な戦闘状態に入ったのは、村をあとにして3日後のことだった。

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