マジ肉
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午後。予定合流地点の砂丘で、切り分けた蟲の肉塊をアーマーで積み上げながら待機していると、地平線の彼方に船が現れたのをセンサーが捉えた。
「おっ、来ましたよ」
サジの声に顔を上げると、陽炎のむこうから、ホバータンカーがゆっくりと姿を現すところだった。
地平線から砂煙を広げる船は、白銀の帆を張っていた。
船の中央、戦車主砲のような大型クレーンをメインマストとして張られた、薄く透き通った巨大な幕。本来は空気中の微細な『死んだナノメタル』を絡め取るためのフィルターなのだが、それが今、荒野を吹き抜ける強い風をいっぱいに孕み、はち切れんばかりに大きく膨らんでいる。
船とは帆を張るもの──船長の得意げな笑顔が思い出された。
「なるほど、格好良いな」
本物の帆船とはずいぶん違う造りのはずだが、船員たちは器用に風を読んで操り、帆を張って推進力を得ている。かなり熟練しているようだ。普段からこんな作業をしているのだろうか?
これだけ巨大な幕で風の力を受ければ、馬鹿にならない推進力となる。燃料(食糧液)不足に陥っている今、エンジンの出力を最低限に抑え、風を推進力の足しにして燃費を稼ぐというのは、極めて合理的で切実な節約術だった。
やがて、巨大な船はエンジンの唸りを段々と低くしていき、砂を大きく巻き上げながら、俺たちの目の前で静かに停泊態勢に入った。
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キメラ蟲の肉ブロックが次々と水揚げされ、甲板の上に小山がいくつも築かれる。
それを船内作業用のアーマーが抱え上げ、運んでいく先は、後部船橋すぐそばに鎮座する『粉砕変換器』だ。
これは、もとの街にあった食糧液工場の中枢ユニットそのものである。有機物を食糧液に変換する肝の部分だけを取り外して、この船に載せているのだ。
元・工場長の爺さんとその一族は、この貴重な機械をヴェラ船長に提供することを対価にして、大都市へ向かうこのホバータンカーの乗船チケットを手に入れたらしい。
ただ、本来の工場にあったはずの自動運搬コンベアなどの工程は、物理的にごっそり省かれている。街が崩壊する混乱のなかで周辺設備まで確保するのは難しかったのだろう。
肉のブロックをスムーズに投入するためのプロセッサーは無く、変換後の液体もそのままだと甲板に垂れ流しになってしまう。そのため、上から肉を押し込み、下で受け皿とホースを使ってパイプへ流し込むという、人手を使った泥臭い補助作業が必要不可欠だった。乗客たちが総出で汗を流している。
とはいえ、すでに『蟲狩り』という最大の大役を果たした俺たちは、今日のところは仕事終わりだ。
久しぶりに腹いっぱい食べられそうだ。食糧液は船の燃料になるが、もちろん乗客の食物にもなる。今日ばかりは料理プリンターの機能限界までご馳走が振る舞われることだろう。搾りたての食糧液から出力されたものはなかなか美味しい出来上がりになるはずだ。
……と想像していたら腹が減りすぎて我慢できなくなってきた。
ちょっとつまみ食いさせてもらうとしよう。これくらいは蟲狩りの特権として許されるはずだ。
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「兄貴、これ本当に美味いんですかあ?」
「まあ待ってろよ」
俺たちが陣取ったのは、甲板の上に積み上がったコンテナジャングルの一角だ。
他の貨物よりも一段低い位置にあるコンテナの屋上で、周囲の壁が荒野の強風を上手く防いでくれている。さらに頭上には器用にタープの天井まで張られており、船の外側に向かっては広大な砂漠のロケーションを一望できるという、完璧な立地だった。
サジたちが自分たちの溜まり場として確保した場所らしい。隠れ家感がありつつ景色も良い。かなり好みの雰囲気だ。気分はキャンプ。
タープの下では、チロチロと赤い炎が揺れている。
火は、アーマーの使い終わった『燃料棒』で熾した。未使用の燃料棒は透明でガラスのように硬いが、エネルギーを限界まで使い切ると成分が変質し、真っ黒な炭そっくりの性質に変わるのだ。発掘品の動力源としてはもう使えないゴミだが、直に着火すると煙も少なく、長時間安定して燃え続ける。焚き火やバーベキューの熱源にはもってこいだ。
じゅうぶんに火ができあがったところで、先ほどの解体作業のどさくさに紛れて確保しておいた食材を取り出す。
甲殻を皿にした、山盛りの肉塊。
それを太い鉄串(ニードルガンの矢を洗ったもの)にぶっ刺し、直火で炙っていく。
「この甲殻を覚えておけ。この色と質感をした部位は、期待できる」
「ほんとにい~?」
俺がやろうとしているのは蟲肉の直火焼き。
シンプルながら、だからこそ料理プリンターでは味わえない肉そのものの味。
この世界でも、虫の肉はゲテモノ扱いだ。機械に放り込んでドロドロの食糧液に変換し、料理プリンターで別の食べ物の形と味に再構成する技術が無ければ、食物としてすら扱われていなかっただろう。
だが、俺は知っている。ごく稀に、美味しく食べられる部位のあるキメラ蟲がいることを。地下生活のときの名残で、蟲に出会ったら撲殺しながら摘み食いすることが癖になっていたのだが、そのおかげで気づいたのだ。
キメラ蟲は文字通り、いろんな虫をごちゃ混ぜにしたような、不規則な身体構成をしている。クワガタの顎やカマキリの鎌など、攻撃的で無骨な部位を持っていることが多い。
そんなキメラ蟲の中に、とある特徴をもった部位が見られることがある。
今日はそこそこの数の群れを狩ったこともあり、運良くそれを見つけることができた。
俺が確保した肉は、太く立派なハサミと、その強靭な腕の中に詰まっていた中身。
カニ肉だ。
「……ちょっとうまそう、すね」
「もうちょい待て。中までしっかり火を通す」
ジュウ……と、炎にあぶられた肉の表面から、美味そうな音が鳴り始めた。
実際、美味いことは確認済みだ。味もほぼカニ。しかもサワガニとかではなく、高級なものに近い。
本来なら殻ごと茹でるところなんだろうが、いかんせんサイズが違いすぎる。調理センターの大鍋でも用意しなければ無理だ。切り分けたブロック肉を炙って、肉汁を閉じ込めつつ火を通すのが現状のベター。カリッと焼けた表面も意外とイケる。
仕上げに岩塩と、そこらでも採れる香草をパラリ。
香ばしい匂いが広がる。我ながらいい出来だ。表面はジャーキーのようなカリカリで噛むほど味が出そう。中は汁気たっぷりのホロホロだ。
「よし、食っていいぞ」
「うおおっ、いただきまーす! ……あっつ! うまっ!? ほんとにうめえ!」
サジが目を丸くして、熱々の肉塊に夢中でかぶりついている。
俺も自分の分の串に噛みつこうとした、その時だった。
「……抜け駆けとは、感心しないな」
「ずるいぞ、にいちゃん!」
コンテナの影から、ジト目のリンピアと、鼻をヒクヒクさせているリンゴがひょっこりと顔を出した。
見てみれば、サジの舎弟少年たちもチラチラとこちらを覗き込んでいる。彼らは俺に遠慮して下に居たのだが、風に乗って漂ってきた匂いに我慢できなくなってしまったようだ。
是非もなし。俺は追加で串を火にかけた。もともとお裾分けするつもりではあった。ちょっとだけ独りで楽しみたかっただけだ。量も十分にある。
結果は好評だった。『そのままの虫肉』に拒否感があるかと思ったが、見た目はほぼステーキだし、味は嘘をつかない。
俺が思うに、前世地球で虫肉が流行らなかったのはサイズが小さすぎたせいだ。可食部である『肉』だけを選別できず、表皮や臓物も混ざってしまうせいで、どうしても雑味を排除できなかった。
その点、キメラ蟲のように大型で、質も良い部位ものを選びさえすれば、それはただの肉だ。牛や豚と比べてなにも劣るところはない。
実は過去食べた虫の中には、もっと美味い肉の持ち主も居た。だがどんな外見の甲殻をしているか、その法則が掴めていない。同じ見た目でも中身クソマズだったりとランダム過ぎる。だからこそ食物として定着していなかったのだろう。安定しているのは蟹鋏の蟹肉だけだ。特定方法は今後の課題としよう。
「……ジェイ、これは船の皆に振る舞え。恨まれるぞ」
「そうするか」
リンピアはモリモリ頬張っている。そんなに美味かったのか?
料理プリンターの出力結果ではない、本物の味や食感というのが新鮮だったのかもしれない。たまに食べるとびっくりするほど美味しく感じる事ってあるよな。
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結局そこで俺のささやかな秘密キャンプは終了。
残りのカニ肉はパーッと船の全員に振る舞うことにした。本当は何日かに分けて身内で楽しむつもりだったが、構わない。偵察によるとまだ他の蟲の群れの気配もあるとのことだ。
共有スペースでの直火焼き大会の反応は、大好評だった。食糧液工場の経営者だった家族ですら「もっとくれ」と訴えたほどだ。
この日以降、蟲狩りのときには必ず蟹個体がいるかどうかをチェックするのが習慣になった。
撃ちどころを間違えてバラバラにしてしまうと大罪人、綺麗に仕留めればその日の英雄。特に食欲旺盛な少年たちの中でそんなノリが出来上がった。文化の始まりを見た気がする。




