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コーチ

 ↵


 待ちに待った『虫の知らせ』があった。不思議な予知のことではなく、キメラ蟲を探知できたという意味だ。


 この世界には、人を襲う厄介な化け物たちがうろついている。地中の巣から這い出してくる巨大なキメラ蟲や、古代遺跡の暴走工場で産み出される殺人機械(マーダー)たちだ。これらが地表まで出てきては、人間の生存を脅かしている。

 彼らを狩って持ち帰り、換金して生活の糧とする者たちを『回収屋』あるいは『ディグアウター』と呼ぶ。危険と隣り合わせだが、この不安定な世界ではなくてはならない花形職業だ。

 どちらかといえば、パーツやナノメタルを回収可能な機械相手のほうが圧倒的に金になる。だが、いま俺たちが喉から手が出るほど欲しいのは、機械の部品ではなく『食糧液』。つまり有機生物である蟲のほうを激しく所望している。


 船は毎日、小鳥や羽虫に擬態させた手のひらサイズのドローンを、進行方向に多数放っている。これらはカメラ機能すら持たない、最低限の通信機能だけの、超低コストの使い捨て。直進するだけの紙飛行機のような代物だ。

 キメラ蟲はそれを獲物だと思って襲いかかり、破壊する。不自然に通信が途絶えれば、その場所に虫がいることが分かるというわけだ。ノイズを発する金属の塊である殺人機械(マーダー)と比べて、キメラ蟲はスキャナーだけでは探知しにくいため、この方法が主流になっているらしい。


 普段なら無駄な戦闘を避けるために迂回するところだが、今は状況が違う。船はまっしぐらにその地点を目指した。

 長期航行中の食糧難。その解決策は、極めてシンプルに現地調達だった。


 ↵


 というわけで、俺たちはアーマーに乗り込み、荒野に出ている。

 視界の開けた砂漠地帯。乾いた風が機体の装甲を撫でる、気持ちのいい朝だ。

 本隊である船とは現在別行動をとっており、俺たちが先行して狩りを行い、午後の到着予定地点で合流するという段取りになっている。

 

 狩りに出たメンバーは、俺と、サジを中心とした少年回収屋グループだ。

 彼らは前の街で知り合った、元難民の少年たち。回収屋としてはベテランの船長たちと何度か仕事をするうちに仲を深めたらしく、ほぼ吸収合併される形で船に同乗していた。もとから船にいたクルーたちは年配の荒くれ男が多く、元気のいい少年たちは弟子のようなものとして、存外可愛がられているらしい。


 彼らが乗っているのは作業用アーマーと呼ばれるクラスで、街中で車や重機と同じように使われるもの──を、少し改造している。

 最近稼いだ資金で買ったのか、胴体パーツだけはワンランク上等な物に換装されていてる。全員が2丁ずつライフル砲を持っていて、かろうじて戦闘用と呼べるものになっている。

 ちなみに俺は大量にスペア在庫のある予備機で出ている。ロックフェイスは前の戦闘でかなり傷んでしまったので、現在自動修復中だ。 


『おりゃ! どりゃ!』

『うおおおおお!』

『こうか? こうか?』


 目的の虫狩り自体は、あっという間に終わった。いちばん大きな個体でも中型(アーマーと同サイズ)くらいしかいない群れだったので、苦戦することもなかったのだ。

 が、問題は味方のほうにあった。

 少年団の戦い方がまるでダメダメだ。


 ライフル砲を二丁同時撃ちして、華麗に外す奴。

 砂丘をスライディングしながら射撃しようとして、明後日の方向へ弾をばら撒く奴。

 機体をただコマのように回転するだけで、戦闘できていない奴。

 やけに張り切っていて熱意だけは伝わってくるのだが、見事なまでに空回りしている。

 最低限の安全確保はしているようなので見守るだけにしたが、謎の行動だ。


「お前ら下手くそになってないか? どうしたんだよ今日の戦い方は」


 少年たちは無言で顔を見合わせた──正確には互いの機体に向き合いながら、表情通信を確認した。


『それはですね、ぶっちゃけ兄貴のせいっすね』

「俺のせい?」

『見ちゃったんすよ、あの映像。そしたらもう……』


 代表してサジが語った。

 彼らは皆、前の街で俺が成功させた大群殲滅戦の映像を見て、真似をしたくなってしまったらしい。

 俺は事前にルーマに頼んで、映像記録を残しておいてもらっていた。あとで見返して悦に浸るためだ。自機のカメラ映像だけでも残しておけば十分だったのだが……彼女は一緒に戦っていた僚機のシステムにもちゃっかりハッキングし、別アングルからの他者視点映像までバッチリ確保・編集してくれていた。

 ハッキングされた方のドライバもよく撮れていたおかげか、怒るどころか喜んだそうで、そのままギルドに達成報告の証拠として提出されていた。

 その共有映像が、少年たちの間で回し観されていたらしい。


『オレもあんな風に戦いたいんすけど!』

『訓練つけてくださいよ!』

『どうやったらあんなに動けるんだ!?』


 キラキラした顔(の通信映像)で迫られて、悪い気はしない。


「それじゃ、やってみるか?」


 虫肉を食料液に変換する粉砕機は船に積んでいるので、待つ必要がある。ある程度の解体を済ませて、ブロック状にまとめておけば、あとは暇だ。

 到着時刻まで、少しばかり手ほどきをしてやることにした。食料液だけは足りていないが、燃料棒はちゃんと余裕がある。

 映像にあった俺の動きと同じように戦いたいというので……とりあえず全部教えてみた。


「自動姿勢制御を切って自分の脚で動きながら、火器反動抑制も切って、ブースタもマニュアルで、後ろと前を同時に見ながら砲撃しろ」


 数秒後。 

 全員、派手に事故った。


 うーん、無理だったか。運動神経は良さそうだからいけるかと思ったんだが。

 転倒しただけで損傷はしていないようなので、筋は悪くなさそうだが。

 

『……そもそも反動制御切るってなんすか、言われて初めてそんなことできるの気付きましたよ』

「ふーむ。自動ってのも良し悪しなんだなあ」


 砂まみれになって起き上がるサジたちを見ながら、ちょっと考え事をする。

 

 この世界のアーマーは、極めて感覚的に動く。どうやら人類の無意識領域には、アーマーを「自分の体のように」動かすための生体回路が初めから備わっているらしい。だからこそ、古代の工業製品を人型に組み上げただけの鉄の塊を、誰でも滑らかに動かせるのだ。

 搭乗すれば、初めから強固な自動制御が働く。機体が傾けばブースターが勝手に姿勢を補正するため、『わざと転倒する』ほうが難しいほどだ。

 これは強固な安全装置(リミッター)だ。自分の体のように動かせる反面、人間工学から逸脱した複雑な変則機動を行おうとすると、途端にシステムに弾かれてしまう。

 補正外の動きをするには、訓練が必要だ。前世で遊んだゲームの中で、コントローラーで操作するロボットが『でんぐり返し』や『匍匐前進』のアクションを行えなかったのと同じ理屈だ。

 これらの回路機能に欠陥があると、俺のようにアーマーと神経接続(リンク)できない人間が生まれる。

 しかし俺は、リンクできないがゆえに、強引な直接操作(マニュアル)ですべての制御を行っていた。パーツ同士が人型として効率よく連携する『動作の結果』だけをコピーして使ったのだ。そのせいで神経の同調感覚にとらわれず、逆に自由度が高く、人間離れした機動ができていたということらしい。


『二丁撃ち……オレならできるはずなのに』

『二丁撃ち……いや、オレは諦めないぞ』

『二丁撃ち……二丁撃ち……』


 倒れたまま、未練がましく両手のライフル砲を天に掲げる少年たち。


「……もしかして、二丁撃ちって非推奨なのか?」

『そっすね。オレが船長たちとの仕事でやってたら、ふざけるなってぶん殴られるんじゃないですかね』


 やっぱりそうなのか……警備隊の装備構成なんかを見て、薄々察してはいたのだが。2丁装備している機体もいたが、あれはあくまで片方が『予備』という扱いだった。例外は野盗のような未熟者の虚仮威しや、リンピアのような上級者くらいだ。

 俺の記憶にある『アセンブル・コア』のようなロボットアクションゲームでは、左右の手に別々の重火器を握り、同時に操るのが当たり前だった。機械の体なのだから、機械ならではの戦い方をすればいい。……だが、それは俺の固定概念に過ぎないらしい。

 

『生身と同じ事ができるほど、上手いドライバって言われてますからね』

「もったいない考え方だなあ」

『だから兄貴の戦い方は刺激的だったんすよ』


 そもそもアーマーの理想像が違うらしい。

 人間の身体と同じように操作できるなら、動き方も人間の歩兵と同じようにすべき。

 実際、警備隊のアーマーたちは、訓練された兵士のような動きをしていた。ライフル砲は両腕でしっかりと握って構え、ブーストは「直線走行」や「ジャンプ」の補助としてのみ使う。あくまでスケールの大きくなった人間として戦っていた。

 アーマーは車と同じくらいの生活必需品。絶対数としては、仕事道具として使われることのほうが多い。『労働者』の延長線上で考えると、『戦闘機械』として振る舞う姿が定着しないのかもしれない。


『どんな軍のドライバも、まずは生身の歩兵訓練から初めますからね』


 そういえば、サジの亡き親父さんは都市の防衛隊員だったか。

 中身を兵士として強くすれば、アーマーも強くなるという理論。同じ訓練が通用するわけだし、合理的だ。だからライフルを二丁撃ちしない。

 それは間違ってはいないが……俺の頭の中にある、常時ブースト移動で地面をグライドしながら絶え間なく射撃する『アセンブル・コア』とはかなり違う。


 とはいえ、方針はなんとなく見えた。活かせるものは活かしたほうがいい。俺の理想と、一般的な操縦感覚を、足して2で割ろう。

 ジェットパックで機敏に移動しながら戦う、未来の兵士──そんな動きをするアーマー。

 まずはそのあたりが、彼らの目指すべき現実的な姿だろう。


「よし、もっと簡単なとこからいこう。ブースト移動の基本のキからだ」

『えー』

「大事なことだぞ。これさえマスターすれば移動しながら射撃が当たる」


 地味そうに見える練習に、少年たちは最初は不満そうだったが、すぐに黙々と繰り返し始めた。

 地上ブーストは機動戦の基本。地表スレスレでブーストを噴射かすほど、反発効果で推進力が増す。

 しかし通常の自動アシスト機能に頼っていると、機体の足先が障害物に引っかかるのを防ぐため、システムが勝手に安全な高度を維持してしまう。これではギリギリの最高効率を攻められないし、水切り石のようにホッピングする軌道になりやすく、無駄ができる。

 ブースト移動で速度が出せるということは、上半身の安定度が増すということだ。すると自然に、射撃の命中率も上がる。

  

「初めのうちは歩こうとするな。ブーストだけで動け。腰の位置で高さを固定して平行移動するんだ。地面の凹凸は下半身だけで吸収しろ。関節を柔らかくして受け流すイメージだ。そうだ、おまえたちの膝はサスペンションだ……自動姿勢制御を意識的に操れ、半分だけ機能させて……」


 岩の無い純粋な砂漠という環境も良かったのだろう。少年たちは転倒を恐れず、何度もブースト移動を繰り返した。機体が通った軌跡で、砂丘の形が変わっていくほどだった。

 やっぱり、筋は悪くない。皆なかなかの集中力だ。

 だが、ブーストだけに気を取られてはいけない。


「次は、射撃もだ。俺を狙え。動きながら照準し続けてみろ」


 とたんに、彼らの動きが再び乱れ始めた。

 移動に気を取られれば照準がブレ、照準に集中すれば砂丘の中へ突っ込んでしまう。俺の機体(ターゲット)は停止しているのだが、照準に成功しているという証のロックオンアラートは、長時間続かない。ゆっくり移動すると、それだけでさらに失敗が増える。


『き、きついっす……!』

『脳みそアッツ!』

『頭が沸騰しそう……!』


 自動機能に頼らない操縦と、移動と射撃というマルチタスクの同時並行に、少年たちの脳は悲鳴を上げてしまうようだった。


『兄貴! キューブを貸してくれませんか!』

「キューブを?」

『あいつとなら……オレの相棒といっしょなら、やれます!』


 サジが悔しそうに叫んだ。

 キューブとは、俺から生み出される、10センチほどの銀色短脚ボット。かつて遺跡で遭遇した高知能マーダーのナノメタルを飲んだら、《自律命令》という回路が生えていて、ナノメタルをもとに小型自律ボットを作り出せるようになっていた。

 SF版の使い魔のようなものだ。そこそこの思考機能と機械操作の能力があり、ちょっとしたお手伝いロボットとして便利な存在なのだが……


「……相棒?」


 そんなに熱血な呼び方をするほど仲良くなっていたのか。以前、性能テストを兼ねて少年団に貸し出したことがあった。協力してお宝探しをさせていたが、こんな戦闘機動の役にも立つのだろうか?

 俺は首をかしげつつ、手のひらからナノメタルを練り上げてキューブを作り、ひとり一匹ずつ投げ渡してやった。

 

『いけるぜ相棒! オレとおまえなら!』

了解(オーケー)相棒(バディ)


 少年たちの機体の動きが、劇的に変わった。

 しっかりと地表をグライドしつつ、バシバシ照準を合わせてくる。『未来の機動兵士』とまではいかないが、『スキーしながら射撃できる雪国の兵士』くらいの貫禄は出ている。

 不思議に思って、キューブたちの処理内容を参照してみる。

 どうやら彼らはキューブとタスクの分担を行っているらしい。下半身のバランス制御を丸ごとキューブに任せて自分は射撃に専念する者や、逆に腕の方向固定(エイム)の微調整をキューブに補佐させる者。処理の負担を分散させたことで、ひとつの行動に集中しやすくなったというわけだ。それで急に上手くなったように見えたのか。

 補助輪のようなものだ。頼ること自体は悪いことではない。まずは成功例を身体に覚えさせれば、いずれ自分だけでもイメージを掴みやすくなるはずだ。

 とはいえ……


「俺よりもよっぽど、ロボットアニメっぽいことやってるな……相棒ってなんだよ……」


 通信回線からは、『マイバディ!』だの『サンキュー、相棒!』だのと、彼らがキューブと熱い友情を交わしている声が聞こえてくる。

 しかも驚いたことに、新しく生成し直したはずのキューブたちは、以前貸し出したときの記憶をしっかりと引き継いでおり、それぞれの少年に合わせた個性のようなものまで獲得し始めているらしかった。


 俺は操縦に関しては独りで完結したほうが、圧倒的に効率がいい。キューブと仲良く機体を分担して共闘するようなシチュエーションは、おそらくこの先も無いだろう。

 なんだか……後輩に頼るのが面倒くさくて仕事を全部抱え込んでしまう『駄目な先輩社員』になってしまったような気分というか……

 まあ、べつにいいし……アセンブルコアのドライバといえば孤高の独立傭兵……戦場では常に独り……仲良しだとか熱血だとか絆だとかとは全く違うジャンルだし……

 切なくなって、手元に残ったキューブを撫でる。

 

 ぢゅぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙


 ……こいつ、ルーマ入りのキューブだ。吸血してきやがった。

 彼女の意識の宿った、子機のような個体。これも引き継がれてたのか。

 ていうか、ルーマの分身?がずっと俺の体内に入ったままだったのか。いつ消えるんだよこいつ。ずっとこのままなの? 


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