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閑話 暇過ごし

 船にいるうちの、ほとんどの時間は暇だ。警備シフト時間外であればなおさら。


「腹減ったなあ……」


 船の食料配給が、まるでダイエット中のOLのようなつつましい内容になってしまってから何日かが経つ。

 食糧液を盗みやがったあの黒豆虫の死骸を再利用する案は、諦められた。体組織のうち甲殻の割合が大きすぎるため変換効率が悪く、なにより味が最悪だったためだ。結局、『試食会』での全員一致により却下された。消費速度は厳しくなるが、船長も「暴動はゴメンだからね」と遠い目をして承諾した……経験があるのだろうか? 

 今すぐ飢える訳では無い。向かう先で寄港する(コロニー)でもある程度の補給はできる。が、ホバー船の燃料を完全に取り戻す量を購入するのは、もっと大きな町でないと無理だ。節約は必須。腹いっぱい食えることはとうぶん無い。そんな侘しい食糧事情に陥っている。


 やることもないし、やる気もない。なので、寝ている。

 俺がいるのは船員用の二人部屋なのだが、これがとても狭い。とくにベッドが狭い。壁と家具の間に備え付けられた、押し入れのような空間だ。これは船の揺れで床に落ちないようにわざと狭く作られているようだが、それにしたって狭い。コンテナハウスのほうが過ごしやすそうで羨ましい。


 あまりにも暇なので、意味もなくリンピアと添い寝している。こうなったらもう逆にとことん狭さを堪能してやれという趣向だ。

 彼女の圧倒的な毛量のおかげで、傍から見るとベッドにはリンピアひとりが寝ているだけに見えるだろう。俺はほとんどその髪の中に埋没している。毛布要らずだ。

 スースーと、リンピアはよく眠っている。いつも頑張って気を張っているので、こういう何もしない時間があってもいい。


「……」


 不意に、ベッドの下からゴソゴソと物音がして、モゾモゾと芋虫のような影が這い出てきた。

 ルーマだ。

 ゲーム用大型PCのような箱の見た目をした、自律行動計算機……のふりをした、文字通りの箱入り娘。れっきとした人間らしいが、古い時代の生まれで、何十年も箱に入ったまま機械のフリをしても平気でいるなどかなり特殊な体質をしている。俺の身体に興味を持ったらしく、相棒気取りで俺についてくるようになった。情報関係で便利過ぎる奴なので、なし崩し的に旅の仲間になった感がある。

 船に乗ってからというもの、ルーマは箱の状態で、ずっとつまらなさそうに部屋に引きこもっていた。乗船した直後は、この巨大船の管理システムに無意味にハッキングを仕掛けようと息巻いていたのだが、船の構造があまりにもシンプルかつアナログ過ぎて、まったく手応えがなかったらしい。「つまらんわぁ」と拗ねて箱に籠もってしまったのだ。おかげで船長たちに紹介もできていない。めんどくさいのでずっと大人しくしていてほしい。


 そのルーマが、箱から出てきている。

 ベッドの下からヌッと顔を出したのは、中身のほう──長い長い髪を身体に巻き付けた、芋虫のような姿だ。眠たげな目を細め、備え付けのキャビネットや引き出しの隙間に顔を近づけ、モゾモゾしている……嗅ぎ回っているのか? 


「……何してるんだ?」

 

 突然声をかけられて驚くかと思ったが、ルーマは動じず、首だけでゆっくりと振り向いた。


「腹。減ったねん」

「そうか。俺もだ」

「……」


 うらめしげに無言で訴え続けてくる。

 計算機として過ごしてきた今までは、仮死状態のようになっていて、充電くらいしか必要無かったらしい。だが今は身体のほうも半分起きていて、栄養が必要なのだとか。


「液銀……ナノメタル、飲みたい」

「贅沢な食事だな」

「空腹……感覚、忘れてたん……ちょい……きつい」

「……仕方ないな」


 地縛霊のように哀れな声を出されては、見殺しにするわけにもいかない。

 俺はリンピアの分厚い髪の中から腕だけ出して、パック入りナノメタルを《解凍》した。

《取り出し:瞬時:解凍:右掌》

 右手の中に銀色の袋が出現する。緊急時に人間が補給する用の、輸血パックや経口補水液のような代物だ。

 俺のスペシャル回路のひとつ《格納回路》──圧縮状態の物資を大量に持ち運び可能で、自由に取り出しもできる。実は間食くらいなら余裕で毎日できる程度の食料も貯蔵しているのだが、リンピア曰く「自分たちだけズルをするのはよくない」とのことなので付き合って我慢している。

 とはいえルーマは病人のように辛そうなので、少しくらいは出してもいいだろう。美味しいものではないし、アーマーに使う量と比べれば誤差だ。


「ほら……」


 俺はベッドの縁から、パックを持った腕を下へ伸ばす。

 すると指先が、ぬるりと生暖かい感触に覆われた。

 そして、鋭い痛み。


「おま……おい、俺の手を噛んでるぞ」

「……」

「おい離せ」

「ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙」

 

 腕を引き戻すと、ルーマが釣れた。

 ぶらぶらと無抵抗に揺れているが、口だけは俺の手から離さない。

 

「ぢぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅぅ゙ぅ゙ぅぅ゙ぅ゙ぅ゙」


 俺の手から血を吸っている。正確には、血に含まれるナノメタルを吸っているのだろう。妖怪か。

 俺の7コアボディはナノメタルの精製量も多いし、べつに痛くはないのだが。

 モソモソと背後で毛玉が動いた。いつのまにかリンピアが目を覚ましていたようだ。冷ややかなジト目がこちらを見据えている。


「……人の寝ているあいだに、変な魚を釣るな」

「釣ったんじゃない。食われてるんだ」


 ため息をついたリンピアは、スッと手を伸ばすと、ルーマのおでこをペチリと容赦なく叩いた。


「んぐあ」


 ルーマがポロリと落ちていった。


「大人しくパックを飲め。ジェイを食べ物にするな」

「……ちぇ」


 芋虫はもぞもぞと床のパックを咥え、チュウチュウ吸い始めた。二日酔いの限界OLみたいな姿だ。

 リンピアはすぐに再び眠ってしまったようだ。スースーと穏やかな寝息が聞こえた。


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