前途多難
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目覚めると低い駆動音が骨に響いた。視界に入るのは無骨な金属の天井。ここは巨大ホバータンカー船の一室だ。俺はむくりと起き上がり、ストレッチをしながら、顔を洗うために洗面台へ向かった。配水管に直接生えた簡素な蛇口をひねると、チョロチョロとだが水が出る。この船において、個室に専用の水回りがあるというのは相当な上等船室の証だ。
鏡に映るのは、眼光鋭い銀髪男。もとは女受けしやすそうな優男風の顔なのだが、俺好みではないので努めて表情を引き締めるようにしている。髭が生えないように体質改変をしていたが、最近伸ばそうかと思案中。
前世では平均的日本人だったが、この世界へ転生するとこの体だった。健康で丈夫でおまけにコアが7つもあるハイスペックボディだ。これのおかげで2度目の人生を満喫できている。
意識を脳内に向けると、船長からメッセージがあった──《【食糧液】の件について:デッキに集合》との旨。《了解》のサインを返信しておく。脳内時計を確認すると、指定の時間は間近に迫っている。
この世界の人間には『コア』という心臓と脳を兼ねたような臓器があり、『ナノメタル』という万能物質を血液とともに循環させている。そして『回路』と呼ばれる機械のような魔法のような力を実行できる。機械と親和性の高い部分があり、言ってみれば人間全員が、生まれながらにしてサイボーグや強化人間になっているようなものだと思っている。
「入るぞ。集合の知らせは聞いたか? はやく用意しろ」
無遠慮にドアが開き放たれ、小柄な女性がズカズカと入室してきた。ここは二人部屋であり、彼女はその住民のひとりなのでなにもおかしなことはない。
彼女はリンピア。帽子(今日はハンチング帽)をオシャレに被っているが、そこに収まりきらないほどの豊かな髪が、まるで生き物のようにフサフサと溢れ出している。小柄な体躯も相余って小動物のような愛嬌があるが、中身はれっきとした成人女性であり、頼りになる仕事人だ。独立傭兵である俺の雇い主であり、そして相棒でもある。
「シフト中は、なにも無かったか?」
「平和なものだ。キメラ蟲もマーダーも見かけなかった」
部屋を出て外部隔壁のハッチを抜けると、乾いた強い風が容赦なく吹き付けてくる。
外に広がるのは、見渡す限りの広大な砂漠だ。
まるで黄色い海。地平線の彼方を、数十キロメートルはある巨岩が、まるで海上の流氷のようにゴロリ、ゴロリと転がりながら流れていく。この世界の大地は『龍震』と呼ばれる地殻変動によって絶えず流動しており、地表の大部分を荒野と砂漠が占める。この船はその大地のベルトコンベアに乗り、流れを利用して航行中だ。
横に広い甲板には、コンテナを組み合わせて築かれた居住用スペースがあり、その日陰で暇そうな人間たちが思い思いの過ごし方でくつろいでいるのが見えた。
もとの街を発って1週間ほど経つ。初めのうちは、街の中に住んでいては絶対に見られない雄大な景色に見とれていた乗客たちも、3日もすれば完全に飽きた。
航行中、敵や遺跡との遭遇などのイベントが無い限りは、驚くほど暇なのだ。この船の乗組員も、他の都市へ移住するために乗っている乗客たちも、今は立場なく混じり合って、ただ流れる景色を眺めて過ごしている。
俺とリンピアはただの乗客ではなく、戦力──つまりは用心棒として契約して乗船しており、交代でシフトを組んでいる。だが、まだ荒事は起きていない。報酬は現金払いではなく、俺達自身とその商売道具である重量級アーマーの積載運賃、日々の滞在費や食費、そしてディグアウトがあった際のお宝換金代行手数料の免除などなど。よほどの事が起きない限りはその程度だ。ほぼ仲間のような同等の立場で過ごしている。
「よう、何かあったか?」
「兄貴、はやく訓練つけてくれよ」
「あらリンちゃん、お菓子食べるかい?」
もとの街での出来事もあって、俺とリンピアの実力は知れ渡っている。頼りにされていることもあってか、みんな親しげだ。
俺はやんわりと手を振って断りつつ、リンピアと共に後部船橋へと登った。
風通しの良い上部デッキには、何の酔狂か、木製の操舵輪が鎮座。そのそばに、まるで野戦の戦略会議でもするような長テーブルが置かれている。
そこには船長と、ほか数人がすでに待っていた。
「来たか。座りな」
船長ヴェラは、妙齢の女傑だ。
いつも大航海時代のようなナポレオンハットを斜めに被り、分厚い革コートをマントのように羽織っている。『海賊』らしい振る舞いにこだわりがあるらしい。手下を率いて大型船を駆り、金の気配を見逃さない、やり手の『回収屋』だ。
豪快なボスらしい振る舞いを絶やさない彼女だが、今は深く、深刻そうに眉を寄せていた。
「諸君……懸念されている食糧液についてだが。このままだと、我々の今後の夕食は、コレになる」
ドン、とテーブルに置かれたのは、粗末な金属皿だった。
その上に乗っているのは、緑色をした粘度の高い液体。……スライムを煮溶かしたような、あるいは藻をすり潰したような、得体のしれないドロドロだ。コショウのような黒い粒が浮かんでいる。
俺達のほかに招集されているのは、乗組員と乗客たちの代表者だ。
手下の中でもひときわ厳つい岩のような男。一般乗客たちの中で最年長の、温和そうな老人。
彼らは一様に、その皿を見て悲しそうな、あるいは絶望したような顔をした。
それもこれも、数日前に起きた事件のせいだ。
実は現在、この船は、深刻な食糧難に陥っていた。
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数日前までの船長は、それはそれは上機嫌だった。
目的地は数カ月先、大経済圏の商業都市。船倉には金目の商品が満載。乗客は多く賑やか。護衛戦力も俺やリンピアといった実力者を確保できて安心。長い航海に向けて準備万端。そのはずだった。
その日の俺はリンピアと共に船内を案内されていた。これまでも仕事を共にすることはあったが、これほど長期間、同じ船で共同生活をするのは初めてだ。護衛担当として船内の構造を把握する必要がある。
全長200メートル、幅40メートルの巨大船。俺はずっとタンカーと呼んでいたが、この船は厳密には液体輸送船ではない。
正式名称はホバーパレット。もとは古代大都市での巨大スケールな建築現場や工場で使用された荷役台なのだという。つまり船ですらない。資材運搬用の、浮く板台だ。
とはいえ現在は大型クレーンや乗組員用居住区画を増設するなどして、輸送貨物船として大改造されている。長く平らな見た目からタンカーと呼ばれて通っているし、実際に大きなタンクもある。
「見な! 我が船自慢のメインマストだ!」
「帆……? ホバーなのに、風が必要なのか?」
「こいつは推進用じゃあない。空気中のナノメタルを絡め取って集めることができるのさ。イカすだろう? 船は帆を張るもんだ」
「なるほど。格好良いのは大事だ」
船の中央には戦車主砲のような立派な大型クレーンが鎮座している。それを柱として、薄く透き通った幕が張られていた。まるで帆のように見えるそれは、空気中の微細な『死んだナノメタル』を収集できる便利グッズらしい。街中にもナノメタルを収集するファンだらけの工場があったが、それの簡易版だろう。近場の回収屋仕事では見かけなかったが、長期航行のときには引っ張り出すようだ。
ナノメタルはあらゆる物質に変換可能な万能物質。機械にとっての血液。自動修復機能のために不可欠な重要物資だ。健康な生物のコア内部でも微量精製されるが、大量に手に入れるには殺人機械を倒して回収するくらいしか方法が無い。
走りながら安定してナノメタルを入手できるなら確かに有益だが……空気抵抗による燃料費を考慮したら、結果的にマイナスじゃないだろうか。
まあロマンなら仕方ないが。
「お客様には甲板中央に住んでいただいている。もしもの時には船橋内に避難させるが、家財があるからな。可能なかぎりは守ってやってやりな」
広い甲板の中央には、コンテナによって小さな砦のような居住区ができている。四角い壁が築かれていて、荒野の風を防ぎ、内部は中庭のような空間になっている。乗客は20人ほど。もとの街からの顔見知りが何人かいる。
テントを張ったり空コンテナを部屋にしたりして寝泊まりしているようだ。コンテナハウス……ちょっと憧れる。
俺たち護衛戦力はあくまで船を守るためにいる。彼等の命の保証までは仕事に含まれない……もちろん可能な範囲では守るが。彼らは金を払って乗っているが、それはただの乗船賃──場所代であり、手厚いサービスは含まれていない。1日2食の食事配給が出るだけで、水は有料。代わりに、区画範囲内で迷惑をかけない限りは自由に過ごしていいルールになっている。船は構造的に中央のほうが揺れが少ないので、居心地は悪くないはずだ。
「ここから前半のほとんどは貨物区画……分かってるね、重要護衛対象だ。傷一つ無いよう頼むよ」
船の前半にはガッチリ固定された中身満載のコンテナが並んでいるほか、床下内部の船倉にも満載。多少の揺れや衝撃なら大丈夫だろうが、直接攻撃は受けないようにしたい。
船の先頭は大きく開く口のような形で、物資を大量に出し入れするためのエレベータスロープになっている。可動部が損傷すると修理コストが馬鹿にならなそうなので、ここも大事にしたいポイントだ。
住居区画と貨物区画の周囲、デッキの縁周りには、アーマーがすれ違えるほどの空間は確保されている。戦闘になればアーマーが外へ出て囮になるのが基本だが、船に乗りながらの戦闘があったとしてもなんとかなるだろう。
「後部には船橋とクルー用の居住区、それとアーマー置き場。下は機関部だ」
俺とリンピアに用意された船室もここだ。機関部にはバカでかいジェネレータがあり、この船の動力を生み出している。その振動は周囲の部屋まで伝わるが、慣れると意外と心地よくて眠くなる。
「で、最下部にあるのがタンクだ。長距離航行をするためのミソさ」
ヴェラ船長は得意げに、下層デッキのハッチを開けてみせた。
この船は、燃料棒ではなく、食糧液を燃やして動いているのだという。
燃料棒といえば、俺たちのアーマーにも使用される透明な角棒だ。一方の食糧液は、調理プリンターで料理を出力するためのどろどろの材料である。一見まったく違うものに思えるが、実はどちらも有機物が原料のエネルギー体であり、違うのは圧縮率だけらしい。
人間が口にする食糧液をそのまま船の燃料に転用すると、瞬間的な高出力こそ出ないものの、圧倒的に燃費がいいのだという。いわば超巨大なバイオエタノールエンジンだ。食糧と燃料という、長旅における二大リソースを一本に共通化できるのもメリットだ。
タンク一杯の食糧液があれば、船のエンジンも人間の胃袋も、次の都市まで余裕で保つ計算だった。
……虫さえ湧いていなければ。
「これが我が船の命の水……ん? なんか黒ずんでるね」
内部を覗くことのできる小窓で確認した違和感の正体……タンク一杯にうじゃうじゃと黒い小虫が泳ぎ回っていることに気付いたときのことは、ちょっと思い出したくない。地下遭難生活で耐性のついていた俺ですら鳥肌が立った。栄養満点の食糧液のタンクにどこからか侵入し、そこで爆発的に繁殖してしまったらしい。あってはならないことだが、それが起きてしまった。
リンピアが可聴域外の悲鳴をあげた。
船長ヴェラは白目をむいた。
意識を取り戻してマシンガンを持ち出した船長がタンク内を穴だらけにしてしまうのを防ぐために取り押さえるなどのハプニングがあった後……
乗組員全員は頭を抱えた。この大量の虫をどうやって駆除すればいいのか。そこで役立ったのが、乗客の中にいた元・食糧液工場長の爺さんの知恵だった。食糧液は可燃性ではないので、加熱殺虫してはどうか。
その助言に従い、俺たちは機関部からの排熱ガスをバイパス管でタンク内に引き込んだ。食糧液の成分が変質してダメになるギリギリの温度を見極め、虫どもを「蒸し焼き」にするという荒業を実行したのだ。
作戦は成功し、虫は全滅した。が、その代償は大きかった。
タンク内に浮いた膨大な虫の死体を網で掬い上げる作業は、すべて手作業。悪臭と熱気の中、丸一日がかりの地獄の苦行だった。さらに、虫の糞尿などで激しく汚染され、再利用できなくなった液は泣く泣く船外へ投棄するしかなかった。
結果として、タンク内に蓄えられていた食糧液の実に70%が消失することとなった。
──かくして、意気揚々と出航した巨大船は、いま深刻な食糧難に直面しているのである。
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「べつに飢えるわけじゃないさ。最低限まで切り詰めれば、多少のダイエットで済む。計算上はな。だが……これが、その『最低限』だ」
皿の上に乗っているのは、粘り気のある緑色のペーストだった。
よく見ると、その中には得体の知れない黒い粒々が混ざっている。どう見ても、粉砕しきれなかった例の小虫の甲殻だ。回収した虫の死骸をタンパク質源として再利用し、自動調理プリンターが弾き出した「生存のための最高効率料理」である。
俺はスプーンを手に取り、ほんの少しだけ掬って口に運んでみた。
……最悪だ。泥と機械油を混ぜ合わせて、腐った雑草で包み込んだような味。強烈な苦みと青臭さが鼻を抜け、嚥下しようとする喉が全力で拒絶反応を起こす。地下遭難中に口にしたどんなものよりもひどい。
隣ではリンピアが青い顔で首を振っている。乗組員リーダーと乗客の爺さんが口元を押さえている。……おい、実際に食べたの俺だけかよ。
「これが嫌なら……ジェイ、お嬢ちゃん……あんた達にちょっくら働いてもらう必要がある。ボーナスは出すよ」
なるほど、そういうことか。
……いや、最初から言ってくれ。わざわざパフォーマンスでこんな汚物を振る舞うな。




