80話:変わるために
深夜1時を回った頃、俺は眠れていなかった。久々の優しい温もりの余韻に浸っていたからである。
人間とはすぐ忘れる物だ。帰還して元の高校生の生活に戻るんだと息巻いていてもそれを忘れて勇者として動いてしまう。球技大会の時に思い出したアリシアの言葉も忘れていた。
そして今回も勇者を忘れようとしている。自分の体に染みついたこの鎧はそう簡単に脱げない。この鎧は自力では脱げないのだ。だから協力してもらおう。俺を勇者にした神様と俺が勇者で居続けられた根幹に。
「それで僕に頼みって事か」
「ああ、これをやろうとしたら周囲に甚大な被害が出る。だから俺達だけの、俺達が本気で殴り合える闘技場が欲しいんだ」
「そっか。勿論作るよ。ただ、一つだけお願いがあるんだ」
「ん?願い?」
「そうお願い。それはね」
リン、神からのその願いに俺は即答する。
「良いぜ。そん時は勇者に復職するよ」
「ありがとう。それじゃその妹さんの件が終わるまでには用意しとくから存分にやっておいで。廃業前最後の仕事だろうから」
「ああ、助けてくる」
「うん。それとさ?告白されたじゃん?あれ受けるの?」
「う~~ん、俺にとって詩歌は妹であったし姉でもあるしみたいな存在だからそうは見られない」
「そっか。これは過去との決別の第一歩なのかな?」
「つい最近当事者から別の件で謝罪は受けたし言うなら二歩目か?まあ、まだ心に打ち込まれた楔は抜けてないんだが」
「じゃあ一個だけアドバイス。周りの女の子をちゃんと見るんだよ?」
「ん?どういう事?」
「ま、いつかは分かる時が来るのかな。その時に思い出してくれれば良いさ。っと、そろそろ時間だね。またお話しよう」
「ああ、またな」
神が住むその場所から消えていく。光の残滓が残るその場所に声をかける。
「君は告白を踏みにじられて自分が異性と関わってはいけないなんて思ったんだろう。でもね?その強い瞳と自信に満ち溢れた顔は僕からしても格好いいと思っちゃうくらいだ、そんな過去どうでも良くなるくらいに。君には大きな試練が後2つある。その時君がどう動くのか、僕は気になって仕方ない。ヒントはあげたけど君のトラウマを呼び起こす物だ。普通なら乗り越えられない。でも、君の中に蓄積したその強さが助けてくれると期待をするよ。大丈夫、君は一人で戦う訳じゃない。それでも挫けそうになったら、仲間の事を思い出してね」
そう言ってリンは世界を管理しに行くのだった。
神界から帰ってきてそうそう、あの4人を呼び出した。
「みんなこんな深夜にごめんね。最近連絡も取ってなかったのに」
「いえ、こちらも連絡を取ろうとしていなかったので・・・それより、今日はどうなされました?」
「ああ、力を貸してほしい。あの子を助けたい」
「・・・何かありましたね?そのように頼むのは珍しいので」
「まあな、これがラストかもしれないし」
「??」
「とりあえず調べてほしいんだ」
そう言って動画を見せる。
「この皮膚の炎症であったりから何が原因かを探れ・・・と」
「ああ」
「ふむ、何が原因か・・・ですか。とりあえず本日の正午までお待ちください。その時点で報告を」
「頼む」
「はい!」
「なあマスター」
「どうしたグロニス?」
「それ調べるだけなら4人もいらないだろ。2ずつで分かれてその女の子見に行かないか?」
「・・・セキュリティという物があってだな?見つかったら一発でお縄だぞ」
「バレなきゃ良いんだろ?それにな、私の予想が正しけりゃチンタラしてらんねえぞ」
「は?」
「これはどう見ても毒物によるものだ。下手したら数日で死んじまう」
「迷ってる暇はねえって事か」
「ああ。ベラとハダルに調べ物は任せてリッタと私はマスターと一緒に見に行くべきだ」
「グロニス、もうあなたには分かっていますね?これの原因が」
「は?そうなのか?」
「・・・ああ」
「なら何で言ってくれないんだ?」
「あくまでも憶測だからな。それに髪が抜けるとか決定打が無いと確証が無くて」
「やはり、タリウムか」
「え?え?グロニス、ハダル。俺を置いてくなタリウム?原子番号81のタリウム?」
「その原子番号とやらは知らないがタリウムだ。あの世界でも極悪人の貴族を死刑にする時に使われる劇物だ。しかし、一介の病院が手に入れられるとなれば、とんでもない世界だぜここは」
「マスター、もしも髪が抜けるのであれば緊急を要します。早急に確認するべきです」
「リッタも知ってんのかよ」
「はい。すぐに向かいましょう。解毒方法は存じていますので」
「そっか。そんじゃ行くか」
やっぱり優秀すぎるわこいつら。
「そのせきゅりてぃとやら、恐れる程難しい物じゃなかったな」
「ええ、拍子抜けです。これならプロのアサシンは抜けられますね」
「え、何こいつら怖い」
そりゃお前らは体を液状化したりすり抜けられるから(俺もすり抜けた)楽だろうな。そんな一筋縄では行かなくないか?これ
「さて、眠り姫とご対面と行くか」
扉を開けるとバレる可能性があるので予めこの部屋の監視カメラを壊しておいてから侵入する。イッツアパーフェクトプラン。
入って二人の動きが止まる
「???おい、どうした?」
「想像以上に悪いな」
「ええ、確実に殺す気ですね」
「そうなのか」
「ああ、もう風前の灯火だ。悠長に透析では助からない。魔術で無理矢理に体外に出すぞ」
「ええ、マスターも用意を」
「お、おう。って何をすれば?」
「ここまで来ると血液を通して人体のあらゆるところにかなりのダメージが行っています。神の御業が必要なのでリントヴルム様を呼んできてください」
「分かった」
うわ、カッコよくまたなって言ってきたからクッソ恥ずかしいんだが。いや、やるしかない。
「大丈夫、聞こえてるよ。蒼矢、君の健康な肉体をそのまま彼女に投影する。毒物を彼女達が抜き終わったら情報を書き換えるよ」
「最初から書き換えれば良いんじゃないの?」
「君がタリウムを同時に消せるならね。劇物をここまで投与されたんだ。単純な上書きだと安全とは言い難いんだよ。僕とかライラちゃんなら出来るけど蒼矢は初めて。万全は期すべきだ」
「確かに」
この進歩した医療でも治せないであろう症状を数分でどうにか出来ちまう。やっぱり魔術って凄いや。
「全て取り除きました」
「ああ、これで大丈夫だ」
「それじゃこの魔法を唱えて」
言われた通りに言葉を言う。自分の体を彼女に覆いかぶせて情報を書き換えるように
「リフレクション!」
それから時は経ち午前11時を回った頃、病院ではある医師が焦っていた。
「なぜだ!あれだけのタリウム、なぜ消えている。それにおかしい!なぜ元気に歩けているのだ!このままでは計画に支障が・・・あのガキを手駒にする為にやってきたというのに・・・」
致死量レベルのタリウム、それを投与しても自分達には彼女を救える手立てがある。その為には大金が必要と持ち掛けてあの男を自分達に依存させる手筈だった。なのに
「幸いまだあいつは見舞いに来ていない。元気だと知られなければ良いのだ。またタリウムを投与すれば」
そう言って自分しか開くことの出来ない机の引き出しを開ける。そこには多量のタリウムが入っている
はずだった。
「な、ない!どこに、どこに!馬鹿な、仕舞ったはず。あれは正規で入手していない、もしも誰かに見つかったら」
口封じするしかない。
本来、自分の地位を守るために口封じは行う物だが、この男の場合はそれが原因で計画が公になる事を恐れていた。
焦って色んな所を探す。焦りは視野を狭くする。だから気付かなかった。
呼びに来た看護師にその声、姿を見られている事を。




