73話:俺の知らない所で
あれから少し歩きようやく宴を開いている場所に到着した。
「鬼がわんさかいるな」
「私ちょっと帰りたくなってきた」
「いやいや、もう少し頑張ろうね?」
気付けば鬼のほとんどがこちらを見ている。感じる視線としては・・・不思議、好奇心、怒気か。
「皆、すまないね。少しだけ話を聞いてもらいたい。ここにいる二人は僕の試験を受けて通った者達、蒼矢と詩歌だ。ここには聞きたいことがあって来たそうだ。どうか歓迎してやってほしい」
おいおい・・・こういう場合の歓迎は平和的じゃないんじゃねえの?
視線で合図を受け取る。自己紹介をしてくれだそうだ。
「伊吹の紹介に与りました。桐生蒼矢です」
「同じく、伊吹の紹介にありました桜木詩歌です」
一同がざわつく。皆の中にあった感情は一律で疑問と驚愕だ。
「彼らにあの書を見せる。取りに行ってくれるものはいるかい?」
「俺が!」 「私が!」 「是非私めに!」
「そうか。皆仲良く頼んだよ?」
「はい!」
そう言うと、宴そっちのけでどこかへ大勢が行ってしまった。
「さて、それじゃ僕の家で話そう。道巌とかいろんなことを」
「ああ」
さっきまでそんな凄さを感じなかったのに思わされる。鬼の首魁という器を。
「到着。そこに座って。今お茶を入れよう」
「酒じゃないんだな」
「今の法律では20歳以上だろ?流石に飲ませる訳にはいかないよ」
すみません。既に異世界で飲んでます。ワイン美味しくいただけちゃいます。
出てきた茶を口に含むと香りが一気に広がる。イケメンでお茶淹れるのも上手い。天は二物を与えず?あんなの嘘じゃねえか。誰だこんな諺作った奴は。
「さて、まずは伊吹と呼んでくれてありがとう。伊吹は本当に仲が良いか認めた者しか呼ぶことを許されない名前なのさ」
「だから呼んでくれと・・・」
「そう。僕を伊吹と呼んで僕が平然としている。これだけで君達は来賓扱いさ。これでみんなに認めさせるという手間が省けたからね」
「そんじゃ早速聞かせてくれ伊吹」
「お、分かってるね蒼矢。何だい?」
「さっきあんた蘆屋道巌の事、友達だったって言ってたよな。もうダチじゃねえのか?」
「・・・本当に知らない?」
「は?」
「なるほど、なるほどなるほど。やはりそれが道巌の思いか。だとしたら道巌を踏みにじる事になってしまうのか。ふーむ・・・」
「まさか・・・」
「そう、詩歌ちゃんが思った通りさ」
「え?だとしたらなんで?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっき置いてけぼりにしちまったのは謝るから何が何だか教えてくれよ」
「・・・亡くなったんだと思う」
「・・・・・・・・・はい?」
「あの人、多分帰りの道で亡くなったんだと思う」
「その通りだよ。彼はもうこの世にいない。だから僕はだったと言ったんだ」
「冗談だろ?だってあいつはしぶといだろ?そんなあっさりとなんて」
「道巌から聞いてない?何があったのか」
「なんか能力者達でいざこざがあったって」
「そうだね。もう一つ聞こう。君は道巌をどう見ていた?」
「どう?ヤバい奴」
「そうじゃない。彼がどうなっていた?って話だ」
「・・・・・・怨霊に支配されてた」
「え?」
「その通り。霊を操る術士の中には精神を侵され、人格に異常をきたす者も少なくない。そして奴もその一人。言ったろ?昔と最近の彼は違うと」
「ああ」
「道巌は強い術士。そんな奴の心を壊せる霊にどうこう出来る術士はこの国にいなかった。だからこそ彼は呪殺されなかったんだよ」
「そうか・・・」
「君が道巌を倒したことは知ってる。その時彼の精神を侵食していたのは浄化されたが一度侵された心は簡単には元に戻らない。だが、彼は自力である程度戻した」
「その結果、呪いへの抵抗力が減った?」
黙って頷く。
「その結果、呪殺されたんだと僕は見ている。そして、調べてもらったが間違いないだろう」
「俺が・・・殺した?俺が浄化したから?俺がやったから?全て、全て全て全て全て全ておれのせい?」
「蒼矢、あなたのせいじゃないわ」
「そんな筈ない!俺があいつにちょっかい出さなきゃ良かっただけだ!俺のせいなんだよ!俺が・・・殺した」
「君が殺した。間違いじゃないよ」
「・・・やっぱりな」
「だが同時に救ったのも君だ」
「・・・・・は?」
「道巌は笑って死んでいたそうだ。穏やかな笑みを浮かべながらいたそうだ。どれだけ狂っていようと、どれだけ絶望していようと、何かをやり遂げた人間か未練を絶った者しか笑って死ねないよ。何があったかは聞き及んでる。池にいた無数の霊魂が一瞬で消え去ったことも知ってる。道巌は望んでないだろうが君には話そう。真相を」
桐生蒼矢、とんでもない実力者が現れたのはこの国の能力者ならば誰もが知っていた事。その才能に嫉妬し、羨望した者は数えきれない。だが、そんな化け物を手中に収めようなんて考えた者は少数だった。
名は知らない。名も知らぬ術者がある池に霊魂の巣を作り上げ、その男が来るであろうタイミングで事故を引き起こす事で霊体とし自らの駒に加えよう。そう考えた者がいた。
倫理に反する行い。仲間ですら、友達ですら協力を拒否した者も多かった。だが彼は事を起こした。結果、何の関係もない人々を傷つけ、標的を殺せないと知った時、その術者は憤慨した。調べるとかつて名を馳せた男、蘆屋道巌が直前のパーキングエリアに止まりやり過ごしたと知った。この術者は標的を変更した。自分の完璧な計画を台無しにした男。そいつを呪い殺してやろうと。
呪いをかける事は出来た。だがここで誤算が生じる。死に際に呪いを跳ね返してきたのだ。その結果亡くなる事となる。
ここで察したのだった。奴は最初から自分を犠牲にするつもりだったと。あの青年を最初から生かす為にこんなことをしたのだと。
憎んだ、恨んだ、悔やんだ。己を。こんな無様な形で自らを終える自分を。勿論道巌を。自らの望みを勝ち取ったあの男を。だからこそこの術者は嘆きながら息絶えたのだ。
「これが真実だ。恐らくだが、元々は自分の力だけでどうにかするつもりだったと思うよ?でも、心が綺麗になって霊力が落ちた自分では無理だと思った。だからそこだけは君を頼らざるを得なかった」
「んなの」
「ん?」
「そんなの救えてねえよ。寿命で死ねてねえじゃん。救われてなんか・・・ない」
「・・・・・・・寿命まで生きる事が果たして救いなのかい?」
「え?」
「彼は一度人生が終わったようなもんさ。君のお陰で終わった人生が取り戻せたんだ。その取り戻した人生を生きるのに、変わらない毎日を、つまらない毎日を送って動けなくなって死んでいく。それを幸せと言うなら、君は一体どんな命が軽い場所で生きてたんだい?」
「・・・・・・」
「生物というのはね?守りたいと願う物を咄嗟に守ってしまう物だ。例えばだが、子供が事故にあいそうになっている。そんな状況で父親が咄嗟に突き飛ばして身代わりになったとしよう。母親でも構わない。即死だ。この親はどう思って亡くなるんだろうね」
「守れてよかった」
「だと思う。成長する姿を見られない。もう声も聞けない、触れない。それでも、自分が代わりになった事で生きてくれるなら・・・それは救われていないのかい?ましてや反抗期の娘が自分の為に泣いてくれていたとしたら?」
「・・・満足だ」
「そう。同じなんだよ。道巌に家族はいない。だが、自分を救ってくれた人がくだらない理由で狙われている。それを救おうとして死んだんだ。道巌は分かっていただろうね。君がこれを知れば、この計画を知れば君は自分を責めるだろうと。だからあえて言わなかった。君には感謝しかしていないのに、自分のせいで追い詰めたくなんてなかった筈だよ。だから彼を思うならこう言ってあげて?」
"ありがとう"と
泣き出す蒼矢を見ながら伊吹は思い返す。それは何十年も前の記憶。
「なあ伊吹」
「ん?どうした?道巌」
「お前さどう死にたいかって考えたことある?」
「俺に聞く?俺後百年は余裕でくたばらないぜ?そんなの考えた事も無いわ」
「だよなぁ・・・いやさ?俺結婚するじゃん?そうすると色々考えちまうのさ。霊を使役するってなるとさ?人の死に触れるじゃん?だから余計そこを考えちまうんだけど」
「まあ俺なら幸せに逝きたいかな」
「俺も同意見なんだがどうすりゃ良いんだろうな」
「さあな・・・贅沢の限り尽くすか?」
「マジ?鬼って言う事がとんでもないわ~」
「はぁ?じゃあお前はどうなんだよ!」
「そうだなぁ・・・笑って死にたいな」
「?そんなの笑うように心がけろよ」
「ちげーよバカ。心の底から笑いたいんだよ。生きてて良かったって笑って死にたい」
「どうすりゃそうなれるんだろうな」
「若すぎて俺には分かんねえや」
(道巌、お前、綺麗に死にすぎだ。家族失くしておかしくなってろくな死に方出来ないって思ってどうしてやろうと思ってたのに逝きやがって。悔しいぜ全くよ。お前を救うのは友達の俺の筈なのに敵だった奴に救われちまうなんて。お前が叶えちまったから、笑って死ぬっての叶えちまったから俺も死ぬ時幸せじゃなきゃいけないじゃないか。いつかお前より笑顔で死んでやる。だからその時まで待ってろ。それと桐生君)
「ありがとう」
「グスっ、んだよ」
「なに、言いたくなっただけさ」
傍らには花瓶に入っている一輪の花が生きているかのように活けられていた。




