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118話:止まった者と進む者

「はぁ・・・」


「溜息など吐かれて。どうされました?お母様」


「あの子、大丈夫かしら。こんな事ばっかして死んじゃうんじゃないかって」


「そういう事ですか」


「ねえ、リッタちゃんはさ、あのバカを止めようとは思わないの?」


「止める、ですか?」


「ええ、あなたにとっては大事な主人でしょ?こんなに危険な事ばかりしてるのを、止めようとはしないの?」


「んー、なるほど。価値観が違うんですね。だから止めるなんて言葉が出てくるのか」


「え?」


「私達はどんな無理難題も、力と策略でいつも切り抜けてきた姿を見てきました。それに、私達には力があります。常人では諦めしか選択肢が無い状況でも覆せる力が。だからですかね。止めるんじゃなくて、それをどうやって手伝おうか。先にそっちを考えてしまうんですよ」


「・・・」


「呆然とされましても困ります。此度の一件。確かにやりすぎと言いたくなるのも分かりはしますが、現に誰かが行動を起こさなければ次は()()()()()()()()だったかもしれない。そういう危険性もあったんです。マスターは目の前で妹のように可愛がっていた子を失っているんです。大切にしたいと思う存在への脅威に敏感なんですよ」


「なら、私の気持ちだって」


「理解はしてると思いますよ?はっきり言いますね?自分の無力さを知りなさい。自分が如何に口だけの存在かを自覚しなさい。死んでほしくない?生物である以上いつかは死ぬでしょう。私も死にます。だからこそ、後悔の無いように今を生きているんです。あなたのやっている事は意欲ある子供を自分のエゴで抑圧しているだけです。あの世界では、物理的に命が軽かったんです。だから毎日を真剣に生きてやがて子孫を残し、笑って死ぬ。その為に皆が本気で生きていたんですよ。こっちの世界も命は軽いでしょう?マスターも私達も同じように思っています。真面目が美徳?優秀だから任せる?そうやって良い人ほど命の価値が軽いんでしょう?本来生きるべき存在が早くに疲れてしまう世界の命を重いなんて言いませんよ。こちらに来て過労死なんて言葉を初めて聞きました。そんな現状を変える為にも、命の価値を上げるために行動をしたというのが理解できないのですか?」


「何も分かってないのはあなたよ。この国で上に逆らうというのは死を意味するのよ。だから私はそうなってほしくなくて・・・」


「そうやって怯えて生きるのが正解・・・か。反吐が出ます。まさかとは思いますが、先程のマスターの言葉忘れたんですか?この国なんか出てってやると仰っていたことを、家族の縁すら切る覚悟があるという言葉の意味が理解できないのですか?マスターはこんな狭い箱庭の事くらい理解してますよ。だから一石を投じるんじゃないですか。その一石が邪魔だというなら、異端である自分が消えるだけ。自分無き後に此度のような事が起ころうが、望んだのはお前らだと見捨てると言っていたのが理解出来ない程頭が悪いのですか?」


「!」


「こんなクソ狭い箱庭のルールを忠実に守るのは結構ですが、失ってからでは遅いという事をお忘れなきよう。それでは」


リッタはいつもの足取りで歩いていく。


「あなた・・・人間じゃない」


ナニカに怯える目で項垂れる女性はそう呟いた。











「お疲れ様でした。リッタ」


「あらハダル。今は暇なのね」


「ええ、やはり生きる世界が違うのだと思わされますねえ」


「全くです。自らの力で道は開く。望む未来は掴む。至極当然だと思っている人間はどうやら異端のようですね」


「ハハハ、皮肉ですな。まあ、行動の根底が間違えているなら止めますが、間違いなどでは決してなかったのでね。逆に、何故このようなゴミを放置しているのでしょうね。尊重したくもない価値観ですな」


「マスターは・・・この世界で生きていかれるのでしょうか?」


「そのつもりでしょうな」


ハダルはふぅっと息を吐く


「蒼矢、あなたの心は素晴らしいものです。ですが、その素晴らしさをもっと上手く使わないと、それはいつか己に向く刃となりますぞ?美しい薔薇は持ち方を間違えると棘が刺さりますからな」


「おじさんの独り言ですか」


「手厳しい・・・それより、先程子孫を残すと言ってましたが、リッタは出来っこないのによくあんな事言えますね」


「何言ってるんですか?可能ですよ?」


「まあ、人間とサキュバスですし、交配相手としてはまず無理・・・なんだって!!!???」


「いや、女しか生まれないサキュバス族がどうやって増えてきたと思ってるんですか。スライムとか一部を除いて可能ですが」


「え?・・・マジ?」


「はい」


「・・・私がいつかお年玉を用意する日も来るのか?」


「!!!き、気が早くないですか!!?」


「おー、動転してる。まあ、もし向こうの世界で生きることになったらアピールしてみても良いのでは?さて、そろそろ仕事に戻らないと。それでは」


そう言ってハダルは消える。


「男って結局そっちに思考が行くんですね。本当面倒です。私は結局幸せにならずに終わってしまうんでしょうね。マスターと結ばれたら・・・マスターがこの世界を捨てたと同意義って事ですから」


























場所は変わり、ある家


「それでその事件とは?」


「5年前、この近くで少年が消えるという事件があったでしょう」


「・・・ええ」


「あの件なんですが一つだけ気になる事がありましてね。ご家族の方なら何か分かるんじゃないのかと」


「それは一体何なんですか!!」


「お、落ち着いてください。単純なんです。小学生の息子を追い出した経緯を見たんですがね?なんで頑なに息子を悪いと断定したんだろうかって。彼はやってないと主張し続けていたのに」


「それは・・・」


「・・・話したくないなら良いです。でも、第三者から見ても常軌を逸している。おかしいでしょ?追い出したのは午後5時過ぎ。捜索願は翌日の夜。つまり、あなた方は1日程探す気すら無かったという事だ。何故そこまで目の敵にしたんです?」


「あの時は泰麒が本当にやったと思っていたんです。だから」


「分からせる為に家を追い出したと。ならその日の夜には探せたはずだ。子供なんて誰かの援助が無いと生きていけないか弱い生き物。それだけで見透かせるんですよ。彼は愛されていなかったんだと」


「何が言いたいんですか?」


「愛せないならなんで産んだんですか。産んだなら何故、()()()()()()()に育ててあげなかったんですか」


「あの時は旦那の出世が目前で、息子が暴力魔だなんて評価に関わると思ったんです。だから、どうやっても表沙汰にならないようにしなきゃいけなかった。だから家を追い出して戒めにして親はしっかりした人だと見せたくて・・・そしたら消えちゃって・・・」


その時、階段を降りてくる音がした。


「あれ?その人は?」


「どうも、お邪魔しています。石川泰麒君の事でお話を伺いにあがりました」


「どうも。兄の事ですか。あの時私以外は兄がやったと思い込んでましたからね」


「ほう?」


「何度も言いましたよ。そこのバカ女には。優しい泰麒くんがこんな事しないって。ま、聞いてくれたのは事件から2週間後でしたけど。お陰様で私は悩みを共有できる人を失ったんです」


「悩み・・・」


そういえば妹は俺とよく話してたな。


「あの時は小3でしたから、凄い顔して怒鳴る親が怖すぎて何も喋れませんでした。怯えて見ているしか出来なかった。あの時私が殴られるの覚悟で止めてれば何か変わってたのか。今でも考えますから」


「会いたいんですか?泰麒くんに」


「この家の人は全員会いたいと思ってますよ。とりあえず妹なのに支えてあげられなくてごめんって言いたいし、会いたかったと伝えたい」


「そう・・・ですか。ご立派な娘さんですね」


「ええ、優しい娘です」


「さて、このくらいで帰るとしますか。すみません。時間取っていただいて」


「あ、いえ」


「もしも彼の足取りが分かったら連絡します。それでは」




















そのまま俺は家に帰らず、近々行うハイジャックの打ち合わせ場所へ向かう。


「やっちまったな。クズだって再認識しておさらばする筈だったのに。妹の怯えた顔の意味も全て知ったら妹が未練になっちまった」


もう捨てたはずの家族への情。今更戻ってくるとは想定外だった。


「妹には、あいつだけには俺だってバラすか?いや、知らなければ死人で通るしな」


リスクは避ける。基本的な事だ。


「ま、決行の日までは悩むとすっか。ちゃんとケジメつけるにはどっちが良いのかな」

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