117話:愚かな者
ここは作りこみたくって時間かけました。
あれから1週間。異例の速さで石橋の初公判が決まった。
学校ではあんな凶悪事件を起こした男が体育教師をしていたという事で批判の嵐。お陰様でまたまた休校である。
これを機に遊ぶぞ!と息巻いていたのだが
「ねえ、あなたあの日の夜何をしていたの?」
「・・・イッタイナンノコトデショウカ」
「惚けないで。路上での襲撃ならまだしもあんな警備の固い所に単身で突入してさほど深い傷も負わずに逮捕?そんな芸当が出来るのは私、一人しか知らないのだけど?」
「・・・何故バレた」
「あなたね・・・あなたの事を知ってるなら全員気付くわよ。良い?あれはれっきとした犯罪行為です。不法侵入だし傷害だし。良い事をしたなんて思わないようにね」
「・・・母さんは良い子すぎだな」
「何?なんか文句あんの?」
「あるね。報道されて内容は知ってるだろ?犯人さんの狂気の沙汰は」
「彼は彼で許されないし、あなたはあなたで許されないわ」
「ほっほぉー。言ってくれるね。なら一つだけ言ってやろう。その許されない奴をほっといたのは他ならぬ大人だろ?」
「そうね」
「で?そのせいで何の罪も無い人が2桁犠牲になりました。その凶行をサツが止めなかったからこんな事になったのに?見ただろ?警視総監の癒着。そーんな現状をどうにかしたんだぜ?確かに褒められた行動じゃないが責められんのは御門違いだ」
「褒められないことをしたのは認めるのね」
「ああ。ま、悪い事をしたとも思ってねえ。そんな人類の汚点に喜んで阿諛追従する佞臣を少し痛めつけてやっただけだぜ?善悪の判断もつかないガキに悪いを悪いと教えるにはどうやっても身体なんだよ。あの場にいたんだ。知りませんでしたなんて逃げようもんなら今度こそローストビーフ、いやローストヒューマンにしてやるよ」
「あなたがしたのは正義でもなんでも無いわ。一時の感情だけで動いてくだらない復讐に加担した犯罪よ!!」
「くだらねえ訳ないだろが!!この馬鹿親が!!」
「ヒッ」
母さんは腰を抜かす。
「最愛の家族殺されて!?しかも恨み買うような事してない。ただ美しかったから。それだけだぞ!?どんだけ無念だったか。大切なもんを目の前で、手が届きそうなところで失った気持ちが母さんには理解出来るか?あ゛?そんな生まれなくて良かった歪んだ人間を生み出す元凶を潰したことの何が悪いってんだ!」
俺は怒鳴る。
「だ、だからってあなたがやる事じゃ」
「じゃあなんだ?力があろうとその腐敗を見過ごせってのか?法と国が救おうともしねえ庶民はそうやって搾取されて無様に死ぬと。大人さ・まはそれが正しいって言うんだな?だったらこんなクソみたいな国出てってやるよ。家族の縁だって切ってやる!俺はそんな上辺だけ取り繕って生きる場所で骨埋めるなんざごめんだね」
分かっている。やりすぎた事くらい。それでも、もしあのままあいつを野放しにしていたらこれから起こる大惨事は止められない。悪を奨励する猿を10数人傷つけて千人救えるってんなら俺はそっちを選ぶ。
正しい生き方じゃないのは分かってる。俺を心配する心もあるからあんなことを言うのも理解はする。だが、所詮は現実と理想の狭間でもがき、理想だけを子供に教えているだけだ。
愚かでない人間などいない。全員が愚者だ。俺も含めてな。
アインシュタインもこう言っている。「常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである」と。俺が学んだのはそのコレクションにどんな理由を付け、どんな意味を、価値を持たせるか。自らの理想にどれだけの存在意義を持たせるのか。
それが優秀かそうでないかなのだと。
だから俺は愚者なりに考え続けてきた。でも、ろくに考えもしなくなった大人は必ず否定から入る。
だから俺は世界に問いかけよう。愚かな者とは何なのかを。
新藤拓人、その男は街を歩く。
目的はあるがゴールは無い。そんな小さな旅をしているようだ。
その目はある時は哀愁を漂わせ、ある時は黄昏るように、そしてある時はそこには無い何かを見るような。そんな感情を孕んだようだった。
そしてある家の前で立ち止まる。
「久しぶりだよな。この家もあの時とは違ってボロくなったな」
視点によって形容が変わるだろう。
因縁の地、自分を育んだ思い出、或いは人生の転機となった場所・・・であろうか。
自分という存在に自己肯定を出来なくなり、いままで極彩色に輝いていた世界が徐々に色を失いいつのまにか無彩色、モノクロな世界へと変わった。家に向いている角度を90度回転させ少し歩けばそんなモノクロな世界に終止符を打った思い出の場所に至る。
あの時の記憶。全てに絶望し、生に失望して自らの終わりを悟った瞬間。数年経った今でも昨日のことのように脳内に投影される。
心無い言葉を弾幕のように浴びせる母と思われるナニカ、殴る拳に全力を込める父と言語では定義されるであろう男。
そして・・・それを遠くから怯えたように見る小さい女の子。
元服にすらなってない男の子には耐えきれない罵詈雑言、際限のない暴力。それを一つずつ咀嚼するように自分の中に取り込んでいく。
そして全てを食べ終えた時。
「ごちそうさまでした」
そう言ってインターホンを鳴らす。
「はーい」
「突然の訪問で申し訳ございません。私、ある事件を追っている高校生なのですが・・・お話をお聞かせ願えますか?」
「独房ってのはやなもんだ。まるで制御の出来ない動物みたいにされてるようで」
一人呟く。独房と言えどここは刑務所ではない。裁判にかけられることになった人間の中で保釈金を払えなかった、そもそも釈放を許されなかった者たちの過ごす場所だ。
「なあ、夏海。兄ちゃんさ、どこで間違えたのかね。夏海が可愛いあまりに自由にしすぎたのがいけなかったのかな。後ろからストーキングでもしてれば・・・それとも強引にでも俺の女にして束縛でもしたら・・・今も隣にいたのかなぁ」
だが、どの考えも仮にこうなるとしても取らなかった行動だ。
「分かってるさ・・・今更何かを悔やんでもダメだって事。俺はもう咎人。お前を抱きしめてやる権利も、弔う権利も無いクズになった事も。それでもさ、それでもさあ、断罪されるにしろ許されるにしろ、何をされても良い。教え子の助けが無いと何も出来ないダメ教師で、世界が許容しないことをしちゃったダメ人間な俺にさ、もう一度だけ、本当にもう一回で良いから、会いに来てくれよ・・・会いたいよ夏海」
独房とは言え防音は完璧ではない。石橋嶄十郎。その男は声を殺して泣いていた。巡回が来た時には平気そうな顔をするが、暇になるといつもこうしている。いや、暇じゃなくても輝く笑顔でこちらを見ていた女の子の顔を脳裏に浮かべていた。
「俺さ、兄ちゃんさ、ただお前が、夏海が傍にいてくれればそれだけで良かった。例え男が出来て子供を産んだとしても、大切にされてるお前と生きていられるなら・・・それだけで幸せだったのになぁ・・・・・・なんで・・・なんで何も話してくれないんだよ。答えてくれ、声を・・・聞かせてくれ」
逮捕されてから食事は喉を通っていない。見ただけで分かるくらい痩せている。
そんな時だった。
「おい、面会だ。出ろ」
「へ」
ハイライトのない声と目で見る。
「??泣いているのか?」
「そう・・・かもっすね」
「まあ良い。時間も無いし来い」
「ここだ。面会時間は20分だ」
「はい」
そう言って扉を開ける。そこには
「・・・憔悴しているな。嶄十郎」
「し・・・しょう?」
「食事もしていない。腕も鍛えていない。全く、ここまで弱ったお前を見るのは初めて・・・ではないか。2回目だな」
「それで?こんな無様晒してる馬鹿に何か?」
「自棄になるな。お前も良い年なんだから。さて、時間も短い。要件を言おう。まず、お前の免許皆伝は取り消した」
「でしょうね。大丈夫ですよ。俺はもう剣は握りません」
「そして次だ。お前の追い詰めた森山だが、重度の精神汚染があるようでな?廃人と化しているらしい」
「そう・・・すか」
「てっきり喜ぶと思ってたが、さて最後だが・・・これは今は言わん」
「え?」
「一つだけ言っておこう。お前にはこれを逃したらもう見る事すら叶わないだろうからこの場をもってお前に伝えた」
「は?なんも伝えてないじゃないですか」
「フンッ、この後分かるわ。さて、あとは語らおう。積もる話を・・・な」
色々を話した。久しく感じなかった高揚感を覚える程に話した。だが、時間は過ぎていく
「時間だ」
「ここまでか」
師匠は席を立つ。
「嶄十郎!!」
「は、はい!」
「お前が出てきたとき儂が生きてるかは分からん!!だから言うぞ!夏海の仇、よう取った!それは誇れい!!」
「はい!」
「お前は道を踏み外した。だが!!その修羅こそ望んだのなら修羅の中で生き抜いてみせよ。お前が前を向き続ける限りお前は妹想いの優しい兄であり・・・良い男だ。忘れるなよ」
「・・・はい、ありがとうございます。それとすんませんでした!!!!」
「泣くな・・・このバカがッ」
再びの独房。机の上には
「ん?封筒?」
見覚えの無い封筒が置かれている。開くと
「石橋 夏海・・・夏海!?」
すぐさま中身を読む。
「お兄ちゃんへ
これを読んでるってことは私は誰かのお嫁さんになってるか、死んじゃったか、とにかくお兄ちゃんの近くに私はいられなくなったんだよね?そんなお兄ちゃんに妹から手紙を送ります。
いつも私の事ばかりで彼女の一人も作らないし、剣ばっか振ってるし、何か一つしか出来ない馬鹿正直な人だよね。正直、お兄ちゃんのシスコンっぷりには友達も引いてます」
「おいおい、そんな風に見られてたのかよ俺」
「でも、何かに真剣なお兄ちゃんは私の自慢です。顔も良いし、優しいし、何より真剣な時のお兄ちゃんはどんな俳優さんよりもカッコいいです。だから、私がいないからって抜け殻にならないで下さい。いつも通りのお兄ちゃんでいてくれないと私も安心出来ないよ。だからさ?私以外にあなたを支えてくれる誰かを見つけてください。勿論、私が傍にいるなら出来るだけ支えるから。あなたは一人では何も出来ない人です。でも、心の拠り所さえあればいくらでも強くなるあなたをずっと見てきました。いつまでも変わらないまま、誰もが憧れる人になってね。もう言いたいことが沢山あるけどスペースも無いし纏めます。
頑張れ!何にも負けるな。お兄ちゃん
P.S もしも私の夫イジメたらその時は嫌いになります」
読んで俺は固まった。
「はは、俺ってキモかったのか。俺って誰かがいないと何も出来ないのか。俺が夏海の結婚相手イジメたら嫌われちゃうのか。そっか・・・そっかそっか。そんな事言われてみたかったな。そんな未来を・・・見てみたかったな」
視界が霞む。さっきまで見えてた文字が見えない。
「あれ?夏海の文字が見えないな?おかしいな。今一番欲しかったものなのになぁ。夏海ごめんな。兄ちゃん抜け殻になっちった。夏海ごめんな!!俺、負けちまった。でも、でもよ、もう負けねえから!今からでも頑張っから、夏海の仇取らせてくれた蒼矢にも顔向けできないもんな?兄ちゃん頑張るからさ、俺が精一杯生きて死ぬまで・・・見守っててください。こんな情けない兄を・・・どうか、どうか!」
「見守るに決まってるじゃん」
「は?」
景色は独房ではない。川が見える。その川の前に一人の女の子が立っている。
「・・・・な・・・なつ・・・み」
「うん。夏海だよ?超絶シスコンの兄を持つ石橋七海だよ」
「夏海!」
「抱きついたらダメ」
「え?」
「お兄ちゃんは現世、私は幽世の存在。触れたらお兄ちゃんは戻れなくなる」
「そっか・・・折角いるのに、抱きしめてあげられないのか」
「お兄ちゃんが本気で生きてまた会えたらまた一緒にいようね。私はまだ川を渡らない。師匠が来てもあの人と一緒に待ってるから」
「ほ、本当か?」
「うん。だから焦らないで良いよ。奥さんだって作っちゃいな。お兄ちゃんの奥さんとも過ごしてみたいし」
「分かった」
「うん。そろそろお別れ。あ、もしも刑務所出たら彼にはありがとう言っといてね」
「蒼矢か。了解」
「あ、本当に終わっちゃう。なら最後に。私の仇、取ってくれてありがとうそれと」
涙を見せながら彼女は笑う。
「お兄ちゃん、大好きだよ」
嶄十郎は泣いた。枯れ果てるまで泣いた。涙が枯れ、充血したその目には
強い覚悟と決意が宿っていた。
泣いても良いんだ。乗り越えろ!




