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わたし、ヤンデレよめ…




「おはようございます……グレットさま」



ぼんやりした視界の中、そっと柔らかい唇が降ってきて、それが何とも心地良く。


けれど圧し掛かる胸の重さに、侯爵は眉を寄せました。


どうせ腕だろうと除けようとしたら、むにっと、生の、…………



「ま…まりああああああああああああああああああああああ!!!」









侯爵にシャツを投げつけられたマリアは、しょんぼりと自分の胸を撫でてみました。


「撫でるな!」


そう怒鳴る侯爵は真っ赤に染まりつつある布で鼻を押さえています。


いくら夫婦でも、まさか寝起きにあんな過激さは――と怒りがぶり返すとまた血も出てくるので、「冷静になれ冷静になれ」と上を仰ぎました。



「申し訳ございませんグレット様。でも殿方はこういう起こされ方が一番嬉しいと書いてあったのです……」

「あんの伯爵ハゲの妻が勧めた本か!!あんな下品な本を読むなって言っているだろうが!処分したはずだ!」

「先日、イリア様が新刊が出たからと……」

「くっそアマがああああああ!!出が卑しければ頭も卑しいわ!!」

「ごめんなさい………」

「えっ…………………」



マリアが俯いて肩を震わせるのに、流石の侯爵も焦りました。


いやしかし、ここで下手な優しさを見せたらこれから毎日あんなけしからんけど嬉しい起こされ方になるかもしれないのです。でもまだ麗しく花盛りの女の色仕掛けに対しこんな反応も傷つけてしまったし……いやしかしのしかし。


(ちょっ、あれ泣いてる!?泣いてるのかマリア!?)


恥ずかしげに胸元をシャツで隠しては震えるマリアに焦り、手がわきわきしてるのに思わず机の角に叩きつけて悶えていると、まるで救いのように扉を叩く音が!


「ま、ままままマリア!ちょっとこれ着て座ってろ」

「でも…グレットさま…」

「怒ってない、怒ってないぞ俺は。でも今朝のは何ていうか、ある意味精神的DVというかそんなんだからっ今度朝の起こし方について語り合おう!ああそうしよう!」

「はい、マリアは従います……」


そんな神の啓示を受けた女のようなことを言わずに、普通に頷いてもらいたいものです。


侯爵はしんと冷えた朝に何故か汗だくのまま、扉の向こうで茶器を手に静かに待っている執事に「入れ」と声をかけました。











マリアにクリスマスに欲しい贈り物はと聞くと、「一緒にクリスマスを楽しみたい」でした。


料理長が作った物では無い、二人の滅茶苦茶なケーキだとか、手抜きの料理とか、そういうのをはしたなく食べてみたり、モミの木に飾りつけをしたり。


おままごとのようなそれがしたい、と侯爵に強請ったら、彼はその為だけに城の外れ、木に囲まれたひっそりとしたところに家を建てたのです。


そんな生活感のないくらいに童話のように愛らしい家で、侯爵とマリアは本を覗き込んでいました。



「バターって、どう溶かすのかしら……」



卵ってどう割るの?これでかき混ぜるの?あれはなあに?


―――そんな箱入りお嬢様から箱入り嫁でしか生きたことのないマリアに、侯爵は「絶対マリアに作らせない」と誓って一人でがちゃがちゃと調理し始めました。


幸い、幼い頃に母と何かしら作って笑っていた記憶が残ってる分、まだマリアよりも(胃の安全が)大丈夫なような気がするのです。


「グレット様、私は何をすればいいのでしょう?」

「……本を読み上げろ。俺は目が疲れてきたから」

「はい、仰せのままに」


ここでやだやだと言わないところがマリアの良い所です。


侯爵は愛しい声の言うとおりに必死になって作り、「もう嫌だ」と挫けそうになっては楽しそうな嫁の姿に必死になり、頑張ってみる嫁の手つきにハラハラしましたが。


(結構、楽しい)


こういう、形に残らない贈り物も良いのか知れません。……もし次があるとしたら、料理だけはプロ任せにしたいですが。


何とかケーキを(諦め半分で)終えると、傍で慣れない手つきで皿を洗っていたマリアを手伝い―――やがて樅の木に飾りつけを始めました。


まあこればっかりはそうそうアクシデントも起きないので、侯爵は素直に楽しんで枝に鈴を付けます。

マリアを見ればサンタの人形を手にきょとんとしていて、エプロンからひょっこり顔を覗かせる赤の金糸雀も主と同じく首を傾げています。


「どうしたマリア?」

「いえ…私、初めてサンタクロース閣下のお人形を間近で見たのですけど……」

「オイなんだ『閣下』って?」

「こんな…好々爺なのですか……?」

「え……普通、サンタならこんな面だろ……?」


マリアの様子と性格を察するに、本当に不思議でしょうがないのでしょう。

侯爵は彼女の中でサンタクロースは如何なる存在なのか、まずそれを知ろうと聞いてみました。



「マリア、サンタクロースの話をいくつか挙げてみろ。」

「はい……まず、寒風にも震えぬ屈強な肉体、」

「……うん、」

「夜空に轟く『ヒャッハアアアアアア!』の叫び」

「それ飲酒運転したサンタだろ絶対」

「雄々しいトナカイを従え夜空を走り、煙突からにょっきと顔を出し、」

「おい『にょっき』って表現やめろ怖い」

「眠る幼子の顔をニヤニヤしながら見守り、靴下を脱がせてれろれろと汚らしく舐め、」

「何そのサンタ気持ち悪ぅ!?」

「それを回避するためには靴下を一足差し出すしかない…幼児靴下蒐集癖の…サンタクロース閣下……!」

「 幼 児 靴 下 蒐 集 癖 ……!!」



そんなド変態野郎に「閣下」を付けて噂を広めれば被害に遭わないらしいと、そうマリアの母に聞いたらしいが。……それってサンタさんの正体がアレなのが気に食わない母親の意地悪だよな、と侯爵は思うのです。


マリアはサンタを自分から遠い方へと飾ると、


「お母様は私がそんな恐ろしい目に遭わないようにと、普段から城の奥――分厚いカーテンでお日様も隠した部屋に閉じ込めてばかりでした。幼女や少女趣味の家畜にも劣る鬼畜に目を付けられないようにと、夜会もそう出たことは無いし……」

「マリアの母さん……基本的に男嫌いだよな……」


思い出すのは、マリアとの婚約が決まって初めて向こうで食事をした時のこと。


あの自分に向けられた、煮え滾ってぎらぎらした目は忘れられません。



「…でもお兄様が、こうも教えてくれました」

「ん?」

「私がこの家を出て、嫁いだ先が温かかったのなら、きっと良いサンタさんが天から舞い降りると」

「……天使かよ」

「どうしてサンタさんが来るのか分からないけれど……今年は、その良いサンタさんに会えるでしょうか…」

「マリア……」

「嫁いでずっと、待っていたのだけれど……」

「マリア――そんな、ごめんな、お前がそこまで待っていたのに…お前だけでなく義兄の期待まで―――」



―――俺という恋人サンタクロースを待っていたというのか。

何ていじらしい妻なのでしょう。きゅんときた侯爵は、マリアの両手を握って謝罪をしようと口を開きます。


が、マリアはぽそりと、



「お母様が、良いサンタさんの肉を食えば最高の幸せが訪れるというから…グレット様に食して欲しかったのに」



固まりました。


(え、肉?サンタの肉を俺に食わせる?え、何その共食い。いやリバース?いやいやいや!?もしかして、もしかして――)



―――マリアは、この歳で、サンタさんを。



「……マリア、サンタさんは居ると思うか」

「…?居ないのですか…?」



信じてた。


まさかの信じていたマリア。しかし彼女の前にサンタとして現れれば襲われるわけで、こんな可愛くないどころか怖い願いを持った女ににょっきと会えには行けなさそうです。


(……いや、待て。まだ何とか矯正が効くはずだ。そう、サンタさんの件は否定しない方向でだッ!出来るだけ可愛い方の願いに変えるんだ!!)



「……マリア、お前の母さんは良いサンタさんに嫉妬してだな、嘘を教えたんだよ」

「え……」

「サンタさんはお前に幸せをもたらすことを誓うが、肉を食っても効果は無いんだ。そっとしておいてあげよう」

「………」

「今年はお前も俺も、悪い子二人だったから、サンタさんもちょっと…来てくれないだろうが、あの……来年は来るんじゃないかな!」



ゆっくりやんわりと訂正を入れてみると、もともと侯爵の言葉はすんなり聞くマリアは「分かりました」と頷きます。


「マリアは来年、良いサンタさんから何を貰いたい?」


素直さが心配だけれど、結局彼女は侯爵の鳥籠から出ることなど無いのでしょうから、気にしないことにしました。

侯爵の問いにマリアは少しの間の後に微笑んで、「ずっと決めていましたの、」ともじもじします。


マリアの微笑に釣られてしまいそうな侯爵は、「言ってみろ」とマリアの黒檀の髪を撫でました。




「赤ちゃんが欲しいです」




………………………ん!?






結婚生活5年もしておいての、まさかのアレです。


イリア姐さん以外、夫たちをハラハラさせる子ばっかりの嫁でクリスマス企画でした。

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