4話 現実
茜は唇を震わせ、ぎゅっと目を閉じる。
「おばあちゃんは…知ってたの?」
「……うん」
父親の小さな返答に、茜は大きく息を吸い込んだ。
ひゅうと鳴った喉をやっとのことで絞り、ふるふると首を横に振る。
「知ってて…隠してたの…?」
「そうだよ」
父は茜をじっと見つめたまま、躊躇いもせずに返した。
じわじわと目の端に涙が溜まり、鼻の先が赤く染まる。
それでも父は表情ひとつ変えず、茜と向き合い続ける。
「茜ちゃん…!ごめんね、ごめんね!」
赭里がたまらず茜を抱きしめると、奇禰は顎に手を当て眉を顰めた。
「茜ちゃんがいなくて寂しかったよ…ずっとみんな、ずっと会いたかったよ」
「……なんで」
掠れた声が布地の擦れる音にかき消された。
「…別に、今すぐどうこうなれってわけじゃないんだから。嫌なら嫌でそうしてれば?」
それだけ言い放つと硬く口を結んだ奇禰の肩を、父は宥めるように両手で摩る。
「ええと……どうしてもね、茜ちゃんが辛いなら。ちゃんとおばあちゃんのとこに帰れるようにはするからね」
「なら…帰る」
「そうだよね…でもその前にね、少し知って欲しいんだ」
「……」
「ちゃんと、茜ちゃんには家族がいること。お父さんやお母さん。お兄ちゃんにお姉ちゃん。こんなに可愛い弟もね。」
父に頬を突かれる奇禰の真顔と、何か言いたげな赭里を見やり、茜は黙り込んだ。
「茜ちゃん、一週間…ううん、三日間だけお泊まりにしようか。それで…それでもだめなら…もう、忘れてしまえばいい。」
「………」
「大丈夫だからね」
控えめな笑みを浮かべた彼の目はぐっと細まり、目尻には皺がたまった。
その顔がどうしても祖母を思い出させる。
茜が返答に迷っていると、部屋の中に突風が吹き込んだ。
よろけた茜は咄嗟に赭里の腕を掴み、周囲を見回す。
窓ひとつ開いていない、ドアすら開いていない。
それなのに部屋中を満たした風が、部屋の中央に集まり始め、やがて竜巻のように書類や付箋を巻き込む。
茜が縮こまり、騒音と目の渇きに耐えていると、だんだんと風は収まっていった。
「茜!!」
声の方向を確かめる間もなく、茜は肩を掴まれ引き寄せられる。
「大丈夫か?!」
黒縁メガネの男性がすぐ目の前に顔を寄せ、逸らされ続ける目を追う。
「動悸は…吐き気は…悪寒は?!」
赭里は男性の腕をそっと持ち上げ、茜から引き離す。
「瞬ちゃん、茜ちゃんびっくりしてるから」
「いや、でも」
「瞬来くん、大丈夫だよ。茜ちゃんはまだ適合してない。」
父は静かに着席すると、瞬来を手で招いた。
「それに…『これ』は誰が許可したの?茜ちゃんにもう説明するの?」
瞬来は不思議そうに首を捻りながら、机の上で乱れた書類を整える。
「いや…封が連れてきたって聞いたので…」
「封が?!!」
即座に立ち上がった父は頭を抱える。
「なんで?!それって…!もう教えるしかないよ?!」
「え、ええ…でも、入学式に間に合わせますよね?」
父はガクッと崩れ、唸り声をあげながらその場を右往左往した。
「いや、でも、うーん、でも。ああ、そうだね。そうか」
茜はその様子を目で追いつつ、なんとなくこれは夢なのでは、と疑っていた。
「もう、仕方がないか」
父がぴたりと立ち止まる。
音もなく近づいた奇禰は、茜にそっと耳打ちをした。
「まぁ、頑張ってよ。」
問いただす間もなく、奇禰は部屋を後にする。
茜はスカートの裾を直すふりをして、そっと太ももをつねる。
じんわり広がる痛みだけが、これが現実だと物語っていた。




