5話 実演
「茜ちゃん?ごめんね、びっくりしたね?」
父は気まずそうに背を曲げ、目尻にかかった癖のある髪を耳元へ撫でつけた。
「今のは…その、うん。もう隠すことでもないかな」
そう呟くと、彼はゆっくりと目を閉じた。
「僕たちはね、厳密にいうと人間ではない」
目を閉じたままゆっくりと手を差し出し、手繰り寄せるように握る。
「少し怖いかなぁ」
握られた拳は徐々に彩度を失い、冷たく硬いコンクリートの塊に変異した。
「な…に、これ?」
「僕らの言葉で言うと同化。茜ちゃんにわかりやすく言うなら石化だね。」
「ほ、ほんもの?」
茜は差し出された拳を凝視する。
どう見ても人工物にしか思えないそれには、人のものとしか見えないシワやキメの一つ一つが刻まれている。
滑らかな表面は、指先で触れればなにも抵抗なく沈み込むように思えた。
「不思議でしょ〜?詳しくは瞬来くんに教えてもらうんだよ」
そう言うと父はにこりと笑った。
石化した腕に色が還ると、彼はパタパタと腕を振る。
「さて、三日なんてあっという間だから、もう行きな。瞬来くんよろしくね」
「三日…?わかりました」
瞬来は、ぽかんと固まる茜へ振り返ると、断りもなく手を取る。
「え…」
茜の声を掻き消す爆風。
初めは頬を叩きつけ、呼吸すら困難なほどの風圧にひたすら耐えていたが、手足の感覚が遠のくのと同時に音が止む。
風が収まったことを確認し、慎重に目を開く。
するとそこは、先ほどまでいた病院ではなく、つい数十分前に目を覚ました邸宅であった。
「あ」
視界に映った瞬来の横顔は、明らかに焦った様子で固まった。
「…おかえりなさい」
彼の視線を追うと、柔らかく微笑む少年が立っていた。
「豪勢なご帰宅だね」
少年は床を見回す。
足元には胡蝶蘭や百合の鉢植えが無惨にも倒され、花弁と土を撒き散らしていた。
「ご、ごめんなさい…」
「いいよ、君にそこまでの気配りは求めてない」
瞬来が手を貸すまでもなく彼は手のひらで土を掬い、鉢へ戻す。
ある程度がまとまると、胡蝶蘭を支えていた支柱を抜き取り、蘭の花弁を撫でた。
支えを失い項垂れた胡蝶蘭はみるみるうちに枯れ果て土と混ざりあう。
みるみる片付けられた床に残った鉢と支柱を抱き上げると、少年は茜をじっと見つめた。
「…ねぇ、瞬来くん」
「は、はい」
瞬来が踏み出そうと足を浮かべた瞬間、茜は膝から崩れ落ちる。
「茜!」
その場に手をつき、数回短く呼吸する。
そして小さく嗚咽を漏らすと、床一面に赤色の液体が広がった。
「適合発作!?」
瞬来はしゃがみ込み、茜の背を摩る。
「違う。単純な拒否反応だよ」
ゆっくり歩み寄った少年は、茜の吐き出した血へ人差し指を浸した。
「…服薬していないね」
確かめるように指先を見つめる。
「なに、なに?」
茜は小刻みに震えると、混乱のあまりにポロポロと涙を溢した。
「脈は?」
「90程度かと」
「なら単純に、君の無茶のせいでしょ。彼女は器だけどK民族じゃない」
「すみません…茜、大丈夫か?頭痛は?」
「…拒否反応であれば、血中の不純物であるKが排出されれば影響はない。瞬来くんは茜ちゃんと一年生でやり直す気?」
「いや…その、すみません」
瞬来は気まずそうに目を伏せつつ、茜の涙を拭う。
それをしばし眺めていた少年は、だんだんと表情を失い息をついた。
「…謝る相手が違うでしょ」
「あ、茜…ごめん…」
「僕そういう子、嫌いだよ。」
少年は呟くようにいい放つと、手のひらで床を撫でた。
途端に血液は彼の手元に集まり、消失する。
振り返りもせず玄関を開け放した彼を、茜は目で追っていた。




