3話 証拠
茜は自称姉に引きずられ、呆然と建物を眺めていた。
莫大なほど無機質な白が太陽の日を反射し、どこか幻想的。
それが却って彼女の『夢』を思い出させる。
「行こ!行こ!!」
混乱する茜を抱えたまま、姉は建物の扉を開く。
「こんにちはー!」
中にいた数名の人々に声をかけながら、姉はどんどん奥へ進む。
待合スペースや受付のような場所を通り過ぎ、番号が振られた部屋にも見向きもしない。
そんな姉の歩行ペースがようやく落ちると、明らかにプライベートスペースであろう扉へ手をかける。
「え?!ちょ…!」
慌てる茜を無視し、彼女はなんの躊躇もなくそれを開け放した。
「お父さーん!」
「わっ!?えっ!赭里ちゃ…茜ちゃん?!早かったね!?」
慌てて立ち上がった男性は、二人を交互に見て仕切りに頷く。
「茜ちゃん覚えてないって!」
「無理もないよぉ…十一年も経ってるからね…茜ちゃん、具合は大丈夫?」
覗き込まれた茜は眉を顰めて顔を逸らした。
「具合…?」
「うん、大丈夫そうだけど……また検査次第かな」
「検査…?あの、ここなに…?」
茜の問いに男性は「んー」と目を閉じた。
「そうだねぇ、それもゆっくりお話ししないとね」
「えぇ?」
「それより!!お父さん!奇禰くんは?!」
「奇禰くんは…今朝は具合が良くて歩いてたけど…どうかな」
茜は目の前の二人の会話を聞き流し、室内を見回した。
複数の机が並べられており、そのどれにも分厚いファイルが並べられていた。
壁際の棚に書類が収められ、他にも小さな冷蔵庫やウォーターサーバーなどが備え付けられている。
「…茜ちゃん!」
「わっ!!?」
突如強い力で引き寄せられた茜は、崩したバランスを整えられないまま足を進める。
「いこっ!」
その声が響くと同時に、扉がゆっくりと開かれた。
姉はきょとんと固まり、立ち止まる。
「…」
開かれた扉から、細い腕が伸びる。
足、肩、首、顔…それらが徐々に顕になると、茜は息を呑んだ。
「…ああ、来たの」
少年は独り言のように呟き、口を緩く結ぶ。
幼さの残る輪郭に、黒目がちなタレ目、控えめな唇。
そのどれもが茜にとっては見慣れたパーツだ。
「おかえり」
茜が鏡でも見ているような心持ちのまま固まっていると、少年は途端に真顔になり男性へ近寄った。
「父さん、結果はどうでしたか」
「…入学式に出て最初の授業を休むか、入学式を休んで最初の授業に出るか…かな」
男性が言い淀むこともなく淡々と告げると、少年は頷いた。
「…なら…入学式に出ます」
「うん、その後にまた検査して…大丈夫だったらちゃんと授業も出られるからね」
「はい」
茜はあまりにも事務的に進む会話に、どこか寂しさを感じていた。
「茜は…出られるんだよね?」
「え」
唐突に向けられた少年の視線に、茜が慌てて首を横に振る。
すると皆がぽかんと口を開いた。
「…なんで?」
「入学式嫌…?」
「え?あ、茜中学二年生だよ?!」
「…だから?僕もそうだよ、双子でしょ」
茜がどれだけ脳裏に浮かんでも押し込めた言葉を、いとも簡単に吐き出される。
これは一体、どういうことなのか…
そんな疑問は解決することはなく、茜は再び姉に手を取られる。
今回は流されることなく、彼女はその場にへたり込んだ。
「よ、よく…わかんない」
「…赭里ちゃん、何もお話ししないで連れ回した…?」
「?ううん?」
「…茜、僕は奇禰。見てわかるでしょ、双子。僕が弟だよ。誕生日が一日違うけど」
奇禰が床に座り込むと、皆が合わせて座り込む。
茜は目を合わせないよう、じっと床を凝視していた。
「茜ちゃんがギリギリ六日だったんだよね」
「遅かったんだよねぇ、産気づくのが…でも誕生日会が二回できるから!」
「……だから、正真正銘の双子だよ。わかるでしょ」
「茜ちゃんも奇禰くんも可愛いよ!」
やけに優しい三人の声を茜はどこか遠くで聞いていた。
真っ白なタイルに視線を貼り付け、ぐっと手を握り込む。
「……おばあちゃんだけだよ」
「…茜ちゃん?」
男性の手がそっと伸ばされると、茜はそれを払い除けた。
「茜の家族は!おばあちゃんだけ!」
バッと立ち上がり、三人を見下ろす。
その誰もが困ったように眉を下げていた。
「…そうだよね、いきなりこんな話をされても怖いよね」
男性は除けられた手を太ももの間に挟み込み、肩をすくめる。
「でもね、理由があるんだよ。離れていた理由も、戻ってきてもらった理由も…それは説明できる。けど、理解も納得も、まだできないと思う。ごめんね」
「……」
茜は口を一文字に結び、拳を握り込む。
男性はその様子を注意深く見ながら、ゆっくりと立ち上がる。
「…だからね、時間が解決してくれると思う。説明は後でするけど……おばあちゃんは僕のお母さんだよ。似てるって…よく言われるんだけどな」
一つ一つ、確かめるように呟くと彼を茜はじっと見つめる。見れば見るほど、疑う余地がなくなっていく。
茜はどこか頭が重くなるのを感じつつ、ぎゅっと身を抱き込んだ。




