第八話 交友と視線
例えば、人間であれば当たり前に持っている飢餓や欲といったもの。そういったものを全て削ぎ落として、ただ趣味のためだけに生きる人間を神が作ったら“此夢望”になるだろうと、右往左往は思うのだ。
彼女が完全な無から生まれて有名になっていく過程のほとんどを、右往左往はファンとして見ていたのだ。
彼女が彗星のように現れて、それこそ最初に彼女がリスナーへ啖呵をきった「お前らのそのコメント、全部撤回させてやるからな。見とけよ。もし少しでも上手いと思ったらフォローしろ、俺との約束」その言葉を吐いたその瞬間にも、右往左往はコメントこそしていないまでも眺めていたのだ。
彼にとって、此夢望という存在はまさに夢だった。
長く活動し、なんとか配信を軌道に乗せて、やっとのことで食べていけるようになった右往左往と違い、最初から完成された配信で、完成された腕でゲームをしている此夢望が、憧れだった。
嫉妬しないわけではなかった。
それでも、右往左往は彼女の配信に恋をしたのだ。
ファンが作った二次創作の此夢望のグッズのほとんどを右往左往は持っていた。それを買っても此夢望に利益は入らない。
それを知っていても、ファンであることを示すために買いたかったのだ。
そんなある日だった。
──此夢望とanimateがコラボ! 此夢望のアクリルキーホルダーやぬいが初登場! イラストレーターは“あの”NOVA GEARでも此夢望を描いたチンション爆上げ侍先生! 此夢望×animate×チンション爆上げ侍の夢のコラボレーション! 続報、待て!
そんな情報がTLに踊った。
此夢望が配信を始めてから、まだほんの一年と二ヶ月ほどのことだった。
一ヶ月半前、此夢望はさぷらいずのFPSプロチームであるびーすたーとコラボをした。ずっとコラボをすると言われながらびーすたーの大会出場等も有り、延期に延期を重ねていたのだ。
その配信も、右往左往は観ていた。
此夢望側は元プロのアレックス・ほっとけ、現プロのササミフライ、どっこい左折、文字通り始発がチームだった。
その、アレックス・ほっとけにフォックスが笑うのだ。
『あっれぇ、アタシらに負けてプロ辞めたアレックスじゃん。久しぶり』
そんな煽りを、アレックス・ほっとけは一切気にすることは無かった。ただ静かに笑って、ただ一言だけを落としたのだ。
『俺が負けたのは、びーすたーじゃなくて“スパロウ”だ』
その一言に、アナグマもフォックスも、言葉を失っていた。
『すみません! 遅れました!』
慌ててdiscordへ入ってきたのは、自称スパロウの一番弟子であるハチクマと、そのハチクマを呼びに行っていたのだろう小柄な体に熊の耳をつけたガワを持つテディベア、その回のリーダーを務める首にエラの付いた男性VTuber、ジョーズだった。
一度、スパロウとの会話の中で「なんでシャークじゃないの」と問い掛けられ「日本だとジョーズのほうが鮫っぽいじゃないですか」と答えていたことも記憶に新しかった。
『すみません、お待たせしました!』
ジョーズの言葉に、手慰みにゲームパッドを弄っていた此夢望が顔を上げる。オンラインコラボのため、それぞれの配信のうち好きなものをリスナーが観れる形式になっていた。
ただし、びーすたー側はスタジオでの収録のようだった。
現プロのササミフライとどっこい左折は同じ“赤い咆哮”のチームメンバーだった。まだ二〇代半ばにも満たない年若い二人で、赤い咆哮を背負って立つとまで言われた存在でもある。
文字通り始発はAPEXのプロチーム“カメレオン・パークス”のチームリーダーをしている人間だった。もうすぐ二〇代後半ということも有り、FPSプレイヤーとしては落ち目だと言われる時期でもあった。
しかし、本人は言ったのだ。
「スパロウが、FPSは年齢じゃないと教えてくれました」
と、そう告げて、それから文字通り始発は「一生プレイヤー」を掲げている。
此夢望とびーすたーのコラボを、右往左往は此夢望コラボのパソコンで観ていた。
此夢望が言っていた通り、パソコンは二〇万円台から一〇〇万円台まで有り、二七万円、五一万円、七八万円、一〇三万円の四択があり、右往左往は迷わず一〇三万円のものを選んだのだ。
テュールには「ギリ経費だし、推しだからほぼ無料! しかもそろそろ買い換える予定だったし!」と力説して苦笑されたものだった。
パソコンにモニターを繋げて起動した瞬間、此夢望の声で『さて、やるか』と言われた時に、右往左往は一〇〇万の価値があったと納得したのだ。
完全受注生産だったにも関わらず、サイトがパンクするほどに盛況だったという話は右往左往にも届いていた。
中には此夢望のアフィリエイトサイトまであった。
その内容を見て、右往左往は鼻で笑ったものだった。
──超新星のように現れた此夢望さんの正体とは。
その言葉で始まって、結びの言葉は全て同じなのだ。
──結局、此夢望さんのことは分かりませんでしたが、これからの前途を応援したいですね!
あれだけ人気のあるストリーマーなのだから稼ぎも税金も凄まじいだろうに、此夢望はそういった話を一切配信でしないのだ。
そこが、右往左往が此夢望を好きな理由のひとつでもあった。
結局、コラボはびーすたーの勝利で終わった。敗因を聞かれたどっこい左折は静かに言ったのだ。
『此夢望という神童を、私たちが使いこなせませんでした』
それが、此夢望の初めてのプロチームと行ったコラボだった。
どこの企業も“此夢望”というブランドを欲しがり、チームへ招こうとした。
しかし、此夢望はどのチームにも首を縦に振らず、ただ日常のようにFPSを続けていたのだ。それこそ、まるで呼吸のように、止まっては死ぬマグロのように。
そんな中で、右往左往たちは此夢望とのコラボを続けていた。GTAにマイクラにFPSに、どんなものでも誘えば此夢望は顔を出してくれるのだ。それがまるで、此夢望が自分たちを友達だと言っているかのようで、右往左往は気持ちが良かった。
その時、付けっぱなしだったテレビからニュースが流れてくる。
『行方不明だった立花勇人さん(41)の行方は未だ掴めておりません。かつて株式会社さぷらいずに所属していた“スパロウ”として競技していた立花さんは、株式会社さぷらいずを退職した翌日から消息が分からなくなり──』
そこで、右往左往はテレビの電源を切る。
FPSプレイヤーたちに深い爪痕を残したのが、立花勇人だった。きっと誰もがニュースで彼の本名を知った。
ストリーマーも、VTuberもその程度の関係性なのだ。
右往左往はゲーミングチェアへ座り直してヘッドセットを付けるとパソコンの電源をいれる。
『さて、やるか』
此夢望の声が鼓膜を揺らし、パソコンが立ち上がる。
壁紙はチンション爆上げ侍が描いた扇情的な此夢望のイラストだった。万が一デスクトップが映ったとしても配信がBANされない程度のものに抑えてはいるものの、それでもなお体に目が留まるイラストだった。
背後からの光に照らされた此夢望の体がTシャツに透けて、その姿のまま伸びをしている。配信でも何度も見たことのある姿だった。
そのイラストを見る度に右往左往はチンション爆上げ侍へ感謝の念を抱かずにはいられないのだった。
「さて」
右往左往は満足気にデスクトップ画面を見てからOBSを立ち上げて配信の準備をする。
「あ、あー!! ぎょ、ぎゅー!! ぎょるるるっ!! りゅーるるる!」
一度リスナーに聞かれ、怪鳥の鳴き声と称された特殊な喉チューニングを終えるとYouTubeの配信画面が開く。
「右ヨシ! 左ヨシ! 上ヨシ! 右往左往が今日も来た! ってことで、今日はマイクラで昨日の続き、古代の残骸探しをしていきます!」
既に、右往左往の思考の中に“立花勇人”の名は残っていなかった。




