第七話 交差と交友
壁の裏に隠れて静かにヘッドショットを狙う此夢望の姿に、右往左往とテュールは素直にすごいすごいと感心をして声を上げる。それに望も「サンキュ」と笑ってみせるのだ。
しかし、アレックス・ほっとけだけはそれに一人息を呑む。明らかに反応速度が桁違いだった。もちろん、アンレートだということも関係あるだろうが、それ以上に、まるで相手の考えていることが分かっているかのように“弾を置く”のが上手すぎるのだ。
チェンバーを扱うのに、こんなにも適した人間をアレックス・ほっとけはプロ時代含めて見たことが無かった。
いや、一人だけ見たことがあった。
アレックス・仏だった彼がプロを辞めるきっかけになった、老兵とも言うべき三〇代をこえてもなおFPSの第一線で活躍し続けた一人のストリーマー。
さぷらいずのVTuberFPSチームであるびーすたーの中で、唯一ストリーマーとして戦い続けていた人間。
“スパロウ”
アレックス・仏はその老兵に二度敗れ、タイマンを挑み敗れ、そしてプロを辞めたのだ。
そのスパロウと同じくチェンバーを手足のように使いこなし戦場を走り回る望の姿に、アレックス・ほっとけはかつての王者の姿をそこに見たのだ。
『……望は』
アレックス・ほっとけの言葉に、望はごく自然な様子で『ん?』と問い掛ける。
いつも通り配信で聞くのと同じ、明瞭な声。
望の推し企業であるNOVA GEARから出ている三万九〇〇〇円のRAX-00QRだろうと当たりを付ける。NOVA GEARを使っているFPSゲーマーのほとんどがそのヘッドセットを持っているのだ。
『望は、誰かに憧れてFPSを始めたのか?』
アレックス・ほっとけの問いに、望は再びヘッドショットを決めて、それからごく普通の声で言うのだ。
『いや、FPSをしたい、ずっとFPSだけして生きていきたいって思ってたんだよな』
ラウンド勝利の画面がモニターに踊る。
静かな声だった。勝利の快感に酔いしれもしない、いつも通りの声。変わらない声。
『一生FPSをしていたい、離れたくないって。子供みたいなこと思ってたら、神様がその機会をくれたってわけ』
まるで笑うような声に、コメントが踊る。
──神様ってww
──望は神様とか信じてんの?可愛いとこあるじゃん
──意外とファンタジー趣味w
──神様ってどんな姿だった?
──望こそFPSの神様だろw
『そう、俺は神様の存在を信じてるからな。ほら、次のラウンドも取りに行くぞ!』
『いやもう、俺何もしてないのに勝ってたんだけど! リスナーの言う通りにスキル使ってたけど、あれであってんの!?』
杏仁豆腐豆腐抜きの言葉に、アレックス・ほっとけと望が『ナイス!』と声をあげる。
第二ラウンドが始まり、右往左往が「後ろ後ろ! 後ろから来てる!」と叫び、テュールが『二時の方向! 一人!』と声を上げる。
挟み撃ちにされた望がその一瞬で優先順位を付けて一人を処理した瞬間、もう一人をアレックス・ほっとけが処理をする。
『ナイス!』
高らかな望の声に、アレックス・ほっとけの表情が明るくなる。
そんなアレックス・ほっとけの様子に、コメントが静かに湧いた。
──若い女の子に褒められて嬉しくなってるww
──女の子の方の配信見たけど、マジで可愛い
──此夢望だろ?今度NOVAとコラボする
──あの子にナイス!って言われたら俺もテンション上がるわ
──そういえば望の同人誌見たけど、あれマジで良いからほっとけも買った方がいい
──チンション爆上げ侍のやつ
──アレックス女の子に良いとこ取られんなよ!本気出せ!
『おい! 望の同人誌の話せずに俺の配信見てろよ!』
アレックス・ほっとけが叫ぶように言うと、望が僅かに眉を上げる。
『俺の同人誌?』
「えっ! 望の同人誌? ちょ、ちょ、新しいの出た? リスナー!」
アレックス・ほっとけの言葉に、右往左往が反応してリスナーへ新同人誌の情報を求めるように叫ぶ。
『やめてよ右往左往くん! Xでやって、そういうの!』
──安定の右往左往
──新同人誌っていうかチンション爆上げ侍先生のやつじゃね?R-18の
──おい、nmmnの話は厳禁だろ
──これだからオタクは
「ごめんごめんごめん! アタシのために喧嘩しないで!」
右往左往が謝罪と共にふざけると、再びコメントは流れていく。
結局、都合七時間配信をしてからそれぞれが「じゃあ、この辺で! また遊ぼう!」と声をかけて一人ずつdiscordから退室していく。
『はい! ということで本日の杏仁豆腐豆腐抜きのどうでしょうVALORANT配信が終わりました。ということで、一旦枠取り直してスト6するか。いやね、やっぱりスト6しないとゲームした気にならないわ。FPSはおっさんの目にはきっついね、こっち三〇代こえてんのに。まあまあ、これからFPSする機会も増えていくと思うからリスナーのみんなも付き合ってよ。
さて、今日の配信全部終わったら配信中の投げ銭読み上げていく枠取るから、そっちもよろしく!』
『みんなー! おつにゃー! テュール・トゥトゥリアの異世界配信、今日はVALORANT編でした! みんなどうだった? 今日は初めましての此夢ちゃんと遊びたくて私が企画したけど、これから此夢ちゃんとたくさん遊んでいく中で、個人勢のみんなとカスタム大会もしていきたいって思ってるからよろしく!
あ! 長野県は林檎以外も意外と美味しいさん、スーパーチャットありがとう! 三千世界の烏は俺が守るさん、スーパーチャットありがとう!
それじゃあ、今日の配信はこれで終わりまーす! みんなおつにゃー!』
『アレックス・ほっとけの趣味ヴァロ、おつ! 今日一緒にやった望、まーじ強かったな!? これからいままでの配信巡回していくから、オススメの切り抜きあったら俺のDMに送ってきてくれん? よろしく!
おっ、駆け込みスパチャサンキュー! スパチャあざ、望のことこれからもよろしくお願いしますって、お前親かよ! じゃあ、また次の配信で!』
「はい! 右ヨシ! 左ヨシ! 下ヨシ! 右往左往が今日もやった! 俺のガチ趣味枠に来てくれたヤツらマジサンキュー! あと、さっき望の同人誌について語ってたヤツは後で俺のDMに来るように。チンション爆上げ侍先生の新作ならもう注文済だから、それ以外の情報頼む! マジマジマジ、マジで頼む!
じゃあ、これで配信終わるから、マジでよろしく、同人誌の件!
また次の配信でな!」
それぞれが配信を切っていく中、望がゲーミングチェアへ背中をぐっと押し付けて一気に伸びをする。パキと骨が鳴る音が聞こえて、その胸がTシャツを押し上げる。
──望ってマジでいい体してるよな
──女から見ても正直最高の体してる
──顔も体も良いのに性格が凶悪すぎる
「さって、ヴァロやったし……コッドでもやるか」
望がゲーミングチェアに座り直してモニター上のVALORANT画面を閉じる。
──7時間ヴァロやった直後だぞコイツ
──ヴァロは準備運動だった説浮上
──アンレだったしな
配信画面にCALL of DUTYの画面が映り、ホーム画面へと移行する。
TOP250の徽章はそのまま、以前は#10だった表記だけが#8へと変わっている。
──おいランク上がってるぞ
──2週間前まで10だっただろ
──ふざけんな望!ちゃんと配信しろ!
「うるせー、やってるだろ配信」
──エペとかヴァロだけじゃなくてCoDも配信しろよ!
──ランク上がったらXにポストしろ!
──こっちはお前の生存報告を非公式アカウントに頼ってんだぞ!
「はいはい、とりあえずやって行くわ。いつも通りバトルロイヤルで」
CALL of DUTYの画面を開いてから投げられっぱなしのスーパーチャットも、VALORANTの最中からずっと投げられていたスーパーチャットも、望は一切気にすること無くゲームを進めていく。
「俺に投げ銭しても読まないからやめたほうが良いぞ」
望はそれだけを告げてマッチング待機画面へと移る。いつも通りピンクまみれの隠れる気のひとつも無いスキンで暇を潰すように手榴弾や車両の迷彩をパチパチと弄ぶ。
その時、マッチングが完了して画面が変わり、望の赤い瞳が猫のようにきゅうと細められて唇に快楽の笑みが浮かんだ。




