第五話 邂逅と歓喜
めのこが配信を終わりAPEXでもしようかとデスクトップ画面へ戻すと、discordに連絡が入っていることに気が付く。
開くと、テュール・トゥトゥリアからのフレンド申請がなされていることに気が付き、それに許可を押してスタンプを送る。
既に真夜中を回っていたため返事は無いだろうと思っていたところへ、テュールからも似たようなスタンプが送られてくる。
『こんにゃにゃー!此夢ちゃんのこと、グループに招待しても良いかな?』
テュールからの言葉に、めのこは「おk」とだけ返事をする。
すぐにグループへと招待され、入るとめのこ以外は揃っていたようで、会話がされていた様子が伺えた。
『初めまして、個人Vの右往左往です
普段ヴァロはエンジョイ勢です』
『初めまして。杏仁豆腐豆腐抜きです。ニコニコ動画時代からストリーマーやってる化石ですw誘われたらなんでもやるけど、基本スト6で活動してます』
『初めまして、アレックス・ほっとけです。元プロでした』
『こんにゃにゃー!今回はコラボの誘いを受けてくれてありがとう!これからよろしくね!』
それぞれの自己紹介を見つめていためのこはキーボードへ指を滑らせる。
『初めまして、FPSをメインで活動してる個人勢の此夢望です。よろしくお願いします』
素っ気なさすら感じられるその言葉に、しかし右往左往は『本物の望だ!』と興奮した様子でチャットを打つ。
『此夢ちゃんごめんね、右往左往くんは此夢ちゃんの大ファンなんだ』
普段コメントでしか見ない“望”という一文字にめのこは苦笑する。
『それで、コラボはいつするんですか』
めのこの言葉に、テュールが伝助を送ってくる。
伝助には既に全員の名前が記入されており、テュールのスケジュールだけが記載されていた。
どうやら配信予定を組んでいるらしい。
『これにそれぞれ記入していく感じでどうかな?』
それを見ためのこは全ての日程に二重丸を付ける。
『俺は毎日10時間以上配信してるし、それがコラボになるだけだからいつでも可』
めのこの言葉に、右往左往とテュールが『確かに!配信予定をコラボにしたら良いってことか!?』と伝助を変更していく。
『じゃあ、今週末!どうですか!』
テュールからのチャットに、それぞれが了承の意を伝える。
『決まったしエペやってくるわ乙』
めのこはそれだけを送って、discordを閉じる。
配信を取ることも無くAPEXを開いていつも通りFPSの世界へと没頭していく。
めのこがいなくなったグループの中、右往左往とアレックス・ほっとけが苦笑する。
『マジでFPS好きなんだなあの人』
アレックス・ほっとけの言葉に、右往左往がモニターの前で頷きながら苦笑を漏らす。
『そうなんですよね、普段ヴァロとエペばっかやってて、ある日CoDやるって開いたらTOP250のうちの世界ランク10位だったんで』
『TOP250に入るだけでもすごいのに!?しかも配信外でやってたってこと!?』
そんなアレックス・ほっとけの言葉に、いまいち要領を掴めていないのだろう、杏仁豆腐豆腐抜きからのチャットが入る。
『それってどれくらいすごいことなの?』
『スト6のレジェンドの中でも上位10位ですね』
『やっばいやつだね?それ』
『やっばいやつですね、しかもそれを配信中じゃなくて配信外でやってたってことなんで』
右往左往は一人、サブモニターにその日の切り抜き動画を見る。
此夢望の配信は基本的にTwitchで垂れ流し配信のため非公式アカウントが、それぞれその日の動画をゲームごとに切り抜いて上げているのだ。
此夢望の活動のほとんどは非公式アカウントによって回っていると言っても過言では無い。Xで投稿されたポストは『X、はじめました』と『流石に怖いからもう少し緩やかに増えて』『びーすたーとコラボするかも』の三ポストのみ。本当に中身がいるのか、本物なのかを何度も審議されたものだった。
此夢望の配信も唐突に始まるため、“本日の此夢望の配信予定”という非公式アカウントが、配信が始まる度に何時から始まった配信がどのプラットフォームで、なんというタイトルで、配信まで飛べるURLを貼り付けて投稿される。
此夢望を推す時は一番にフォローするべきアカウントだった。
此夢望の活動初期からずっと自我の一切を出さずにショート動画を作り続けているアカウントもいる。“此夢望切り抜き”という名前のそのアカウントは、切り抜いた動画を淡々と上げ続けているため、推し始めた人が観るには最適だった。
右往左往は比較的初期から此夢望を推し始めた人間だった。
ほんの半年ほど前に突然彗星のように現れた此夢望は、圧倒的なFPSセンスと配信センスで一気に配信界隈のトップへと躍り出た。ほんの半年でTwitchで四五万人のフォロワー、YouTubeでは登録者三七万人、Xでは四八万人のフォロワーがいる大配信者へと育っていた。
こんなにもFPSの上手い人間なら過去に話題に上がっただろうという声も、その全てを参照する方法すら無く塵と消えた。
だからこそ右往左往は今回のコラボを決して逃したくなかったのだ。それとなくテュール・トゥトゥリアへFPSの上手い個人勢がいることを教え、動画を見せて興味を抱かせコラボへと踏み切らせ、自分もそのコラボに噛ませてくれるよう頼み、ようやくここまで来たのだ。苦節二ヶ月と半分が経過していた。
開いたままの画面の中に、右往左往のガワが写っている。兎頭に左側にモノクルを着けた執事服の男性VTuber、それが右往左往だった。
メインは雑談とマイクラで、FPSは趣味程度だった。それも、本気でやったとしても決してトップレベルには行くことができなかった、だからこその“趣味”だったのだ。そんな右往左往があまりにも圧倒的な力と配信者としての魅力を見せつけられ、ファンにならないはずがなかった。
右往左往はゲーミングチェアの肘置きに両腕を置くと深く腰掛けて全身の力を抜き、ゆっくりと息を吐いた。
──午前九時丁度。
まだ配信者のほとんどが眠っている時間。
NOVA GEARの公式アカウントからある発表がなされた。ひとつのポストが、NOVA GEARをフォローしている全てのタイムラインへ現れる。
画像にはよく此夢望のファンアートを描いている“チンション爆アゲ侍”の描いたイラストが添付されている。
『流星のごとく現れた此夢望とのコラボPC、来年冬頃発売予定!
・本人監修
・電源ON/OFF時本人の声が流れる仕様
・描き下ろしイラスト(イラストレーター:チンション爆アゲ侍様)
特典:描き下ろしイラストのクリアファイル、ポストカード、ポスター、マウスパッド
待て!続報!』
そのたったひとつのポストは此夢望のファンだけでは無く、NOVA GEARのファンにまで回り、一気に拡散されていく。
その日、右往左往はテュールに叩き起された。LINEで、discordで鼓膜が破れるほど鬼電されスタ爆され、渋々起き上がったのが午前一〇時半だった。
「……なんだよ」
寝起きの気怠く低い声にも頓着せず、テュールが『NOVA GEARのポスト! 見て! 早く!』と急かす。
寝たのさっきなのにとぶちぶち文句を言いながら開かない目で開いたNOVA GEARのポストに、襲っていた眠気が全て吹っ飛ぶ。
「望のコラボパソコン!?」
『ほら、電話して良かったでしょ? 右往左往くんは絶対欲しがると思ったんだよね』
「マジで欲しい! ガチのガチで! 何一〇〇万でも買うね!!」
右往左往の言葉にテュールが笑う音が聞こえる。
『それだけ。あ、絶対無いとは思うけど、コラボの日。忘れないでね』
その言葉を最後に切られた通話に、右往左往はNOVA GEARのポストにリポストといいね、そしてブックマークまでもをしてからベッドの上へ仰向けに寝転がる。
そろそろ新しいパソコンが欲しいところだったのも有り、これは嬉しい誤算だったのだ。何より、半年でフォロワー四五万人まで駆け上がった此夢望を見つけたのが、彼女が推しているNOVA GEARで良かったと、そう思ったのだ。
ほんの数分しか眠っていないはずの右往左往は、もう眠れる気がしなかった。




