第三〇話 遊戯と両替
飛行場強盗まで残り二日。
さらばはその二日間を警察を相手取って遊び尽くすと決めたのだった。
一旦モニターから目を離して、軽く眉間を揉んだ此夢望がスマートフォンを取る。UberEATSを開いて、いつも通りマクドナルドを開くと最近の注文にハンバーガーとスプライトが並ぶ。
それを再度注文してから「トイレ行ってくるわ」とヘッドセットをミュートにして望が立ち上がる。
──いってら
──いつかミュート忘れるだろアイツ
──望チャン、おぢさん、望チャンのおトイレに一緒に行きたいナ!
──コイツつまみ出せ
──誰だよこのおっさん連れて来たの
──トイレtskr
──おじいちゃん薬はもう飲んだでしょ
トイレから戻ってくる間にミュートを外した望が「GTA見てんのも楽しいだろ」と告げる。
「まあ別に、お前らが楽しくても楽しくなくても俺はGTAやるけどさ。……たった一五日、残り一週間なんだから、俺らに付き合ってくれよ」
そう言い口元に笑みを浮かべた望に、コメントが少しずつ平静を取り戻していく。
──まあ俺は望が面白いって思ったゲームを見る立場だからな
──いつかホラーゲーム配信しても見に来るし
──GTA楽しいよ
──潤滑文和との戦いマジで良かった
──望の新しい一面が見れたの最高やね
ヘッドセットを着けたまま、望がゲーミングチェアへと座り、ギッと音を立てて凭れる。
モニターの中にはビルの上に立ったままの“夢梨さらば”の姿と、その隣にはスパローが変わらずにある。銀色のポニーテールは覆面に隠れて見えず、Re:VIVALの構成員を示す黒いスーツに赤いシャツ。スーツが共通衣装のギャングで良かったと、さらばは思考に耽る。
その時、インターフォンが鳴った。以前の配達員が何度も鳴らした事件から、望はコンシェルジュへUberEATSの商品はコンシェルジュが受け取って部屋まで届けるように伝えていたのだった。その際、出なければ外に置くようにとも。
コンシェルジュと顔を合わせたくなかった望は少し待ってから立ち上がり玄関を開く。床に直接置くことが憚られたのか、小さな卓が置かれており、そこに紙袋が乗せられていた。
ビニール袋に入ったマクドナルドの紙袋を手に、配信部屋へと戻る。
僅かな空腹に、望はハンバーガーを二つ取り出し、スプライトを紙袋から出すついでに空いた紙コップを適当に紙袋へと捨てると、部屋についたダストシュートへと突っ込み、ようやく一息ついたとばかりにゲーミングチェアへと胡座をかいて座ると、ヘッドセットをミュートにしてからブラウンの包み紙を開いて平べったいハンバーガーへとかぶりつく。
特に味すら感じていないかのような様子でバンズに挟まれたパティを咀嚼してスプライトで流し込む。
──望ってなんでいつもスプライトなん?
そのひとつのコメントに、望は口の中のものを全て飲み下してからミュートを解除して、少しだけ考えて言葉を落とす。
「柑橘っぽい炭酸味が美味いから。コーラはペプシ派なんだよな」
それだけ告げて、望は再びミュートにしてハンバーガーを咀嚼し始める。
──望って咀嚼音絶対入れないよな
──なんでだろうな
──むしろ咀嚼音入れる配信者も多いのに
──望なんで?
コメントの流れに、望が僅かに眉を顰めて、そして再び嚥下してからガリガリと頭を掻く。最近女性リスナーから教えられた、お団子のように纏めた髪型が僅かに崩れる。
そして、彼女のミュートが外された。
「嫌いなんだよ、咀嚼音。俺が嫌いだから聞かせたくねぇの」
そして三度ミュートされてハンバーガーの最後の一欠片が彼女の唇に放り込まれ、新しいハンバーガーの包み紙が開かれる。
──まだ食うのか
──望はサムライマック三個食った人間だぞ
彼女がスプライトを手に取りぐっと呷る。
白い喉が晒され、二度三度と喉が上下してからスプライトが置かれて唇が手の甲で拭われる。
二個目のバーガーが胃の中へ落とされると、彼女は満足気な息を吐き出してからミュートを解除する。
「お前ら、俺が飯食ってるだけなのに良く同接落ちないな。むしろ上がってねぇ?」
呆れたように笑った望がゲーミングチェアに座り直してマウスを手に取るとビルの上に立ったままだった自分の分身へと再び命を吹き込む。
コンビニ強盗を終えたさらばがヘリコプターへ乗り込み、シートベルトを装着して空へと飛び立つ。
僅かに箱が下を向いてから方向転換され、次のコンビニ近くのビルへと到着する。既にあちこちに警察が取られているようだった。
スマホを取り出し、のれんに柳川へと電話をかける。
五度目の呼び出し音でのれんに柳川が電話に出る。
「のれんに柳川か?」
『はいはい、俺です! どうしたんですか!』
「忙しそうだな」
『そうなんですよ! 今日めちゃくちゃ平和だったのに、さっきコンビニ強盗一件向かってからもう、警察足りないくらいで! 誰がやったか知りません? コンビニ強盗』
「いや、知らないな。悪い。監視カメラには映ってなかったのか?」
『あー、監視カメラ。見てみます! すみません、また犯罪が起きたみたいで、失礼します!』
慌ただしく切られた通話に、さらばが思わず笑う。
「随分大変みたいだな、警察は。暇してないみたいで何よりだ」
さらばは再びヘリコプターに乗り込み、道路へと下ろすと二件目のコンビニへと入り監視カメラを破壊してからNPCを殺害して金を奪いヘリへ乗り込む。
離陸したタイミングで電話がかかって来て、近くのビル屋上へと着陸してから確認すると、そこには“茅葺茸”と書かれていた。
「もしもし?」
『さらばさぁん! 助けてくださーい! 私、いま警察に追われててぇ!』
明らかに困りきった茅葺茸の言葉に、さらばは数度瞬く。
「どこにいんの?」
『二〇三三を北上してます!』
「了解、最悪車捨てることになるけど大丈夫か?」
『はぁい! 助かるなら!』
「いや、飛行場強盗だろ」
『ああー!!! でも、でも!』
そんな茅葺茸の様子に、さらばは思わず小さく笑うと彼女が言った方角へとヘリコプターを操作する。
すぐに見つけた逃走中の茅葺茸の車両に、さらばはスマホを取り出す。
呼び出し音が鳴るか鳴らないかといったタイミングで電話が取られる。そんな茅葺茸に、口元へ笑みを浮かべると駐車場へとスパローを着陸させる。
「左折して駐車場に入ってすぐに車をコンパウンドしてくれ」
『わ、分かりましたぁ!』
すぐに入ってきたピンク色のエンティティーXFから茅葺茸が降りて、即座にコンパウンドされる。
「さらばさぁん! 死ぬかと思いました!」
「良いから乗って、シートベルト着けてくれ」
すぐに警察車両が到着して中から警察が降りてこようとした瞬間、スパローが飛び立ち加速する。
「お前、もしかして犯罪下手?」
「そ、んなことないんですけど……」
「ふぅん」
そう相槌を打ったさらばが、茅葺茸を乗せたままRe:VIVALのアジトへと向かう。
ピンク色のスーツに白のシャツを着た彼女がピンクのエンティティーに乗っているのは相当目立っただろうと、さらばは思うのだった。
地上を追ってきていた警察もいつの間にか撒き終え、Re:VIVALのアジトへと戻った二人は小さく息をつく。
「ありがとう、さらばさん! もうダメかと思った……。そういえば、今回の警察に暇させないゲーム、さらばさんが考案したんですよね? すごく良いと思います! 最近警察も慣れてきてダレてたと思うから!」
明るい声での言葉に「サンキュ」と返してからさらばは再びスパローに乗り込む。
「じゃあ、もう一、二件事件起こすか」
「わあ、悪そうな声! 私はちょっとだけ休憩しまーす」
そこで別れると、茅葺茸は階段を降りていき、さらばは再び空へと舞い上がった。
「またコンビニ強盗をするか、……いや、まだやったことないし両替所強盗するか」
さらばは空へと舞い上がってから八一六九へと進路を変更してヘリコプターを操作する。
まだしたことのない小型犯罪に、望の唇は楽しみに持ち上がっていた。空の上でスマホを取り出す。
「もしもし」
『さらばさんじゃないですか』
「おつかれ、サイレント†騎士†」
『お疲れ様です』
「両替所強盗について教えてくれね?」
『おっ、両替所強盗します? 八一六九にいるNPCから裏口のパス聞いてギミック解きながらブラックマネー回収するだけだから簡単だし……いまからなら、俺も行くか』
「来るか? いま車?」
『徒歩……か』
その言葉にさらばが思わず笑い声を上げる。
「迎えに行くわ、どこ?」
『おっ、助かる。一八七七にいるわ』
「どうやって来るつもりだったんだよ」
さらばは方向転換をしてサイレント†騎士†を拾いに一八七七へとヘリコプターを向かわせるのだった。




