第二四話 噂話と紙袋
「はー……よし」
望はGTAを落としてから深く息を吐いてスマホを手に取る。
──おつかれ
──明日オイルリグじゃん
──ヘリ任されんのやば
──フルーツポンチ〇ンポって第1回からずっとヘリ乗ってるやつだろ
──そう、WonderWonderの本庄ヱ一郎
──BBBもそうだけど、WWも変な奴多いよな
──Vで変じゃないのさぷらいずくらいだろ
──さぷらいずも変人だらけな
「関係無い他活動者の話はあんますんなよ、俺は良いけど嫌がるヤツもいるから」
──ごめん、望に甘えてたわ
──マジでそれ
──コラボした時だけだよな、こういう話していいの
コメントが謝罪に染まり始めると望はデスクに肘をついて手のひらに頬を乗せる。
柔らかな白い頬が彼女の手のひらに押されて僅かに歪む。まるでつきたての餅のようだった。
「反省したならそんな長々引きずんなよ。で、飯まだだったからいまのマックのオススメ教えて」
右手で自分の頭を支えながらスマホを操作する望の様子に、コメント欄も活気を取り戻す。
──やっぱダブチよ
──望マジでマックヘビーユーザーだよな
──こんだけヘビーユーザーなのに絶対案件が来ないと確信できんのやばい
「うるせー。そもそもマックは案件なんか出さないだろ。それよりオススメ教えろって」
──結局マックフィズ
──えびフィレオにコーラ
あれこれ出される案に、望が唇をへの字に曲げて背もたれへと思い切り凭れる。
NOVA GEARのゲーミングチェアは、現在の望の体重をしっかりと支えても問題無いほどの作りになっている。
健康的な体型をしている望の体重は恐らく五八キログラム程度はあるだろうと、彼女は自分の体を見て思う。
立花勇人だった頃はほとんど骨と皮のようなもので、女性のような脂肪も無かったために一八八センチメートルはあったにも関わらず五〇キログラム台がほとんどだった。それに比べて、随分と健康になったものだと思う。
「なんか、今季のオススメ無いのかよ」
望の問いにコメントが今季のマクドナルドのメニューを次々と出し始める。
──グラコロだろ、いまの時期
──グラコロ食ったことあるけど、あれドカ食い気絶部限定だろ
──デミグラコロより普通のほうが美味い
──キンキンに冷えたコーラにグラコロが一番美味いんだから
「俺、コーラはペプシ派」
望の言葉に、コメントが「コカ・コーラからの案件消えたわ」と騒ぐ。
そんな文字を無視して、望はUberEATSを開いてマクドナルドからグラコロバーガーとえびフィレオを選択してスプライトを選ぶ。
──望って四六時中配信してるけど日常生活どうしてんの?
「日常生活? あー……風呂は配信してから入って、洗濯は全部コンシェルジュ任せ。クリーニング」
望の言葉にコメントが一気に湧く。コンシェルジュに預けたものがクリーニングに取り次ぎされ、それが彼女の部屋へと届けられるのだ。
──望のマンションコンシェルジュいんの!?
──都内でコンシェルジュいるマンションってやばすぎるだろ
──望、配信始めてから引越ししてないだろ!?
「うるせーうるせー。だからニートなんだって。親のスネ骨になるまで齧ってんの。いまは俺の金だけど。お前らが俺のお金様」
わははと声を上げて笑った望に、コメント欄が一気に脱力する。
彼女のことをお嬢様なのだと理解したのだ。
「だから家電はエアコンと冷蔵庫くらいだし」
そんなことを言いながら望はVALORANTを開く。
──さっきまでGTA4時間やってたのにヴァロやんのマジで異常なんだよな
画面の中に、望が選択したチェンバーが立つ。
それだけでコメント欄が騒がしくなるのだ。彼女の配信サムネを見たリスナーが、GTAではなくFPSをしていると理解して入室し、同接が上がっていく。
しかし、それにも望は反応することは無い。
ただいつも通り使い慣れたエージェントを手に駆けるのだ。
味方のソーヴァのドローンが敵の位置を的確に、明確に望へと教える。ただそれだけで彼女の一八歳の瞳はぎゅるりとその場所を確認して敵のヨルへとヘッドショットを撃ち込む。
二発撃ち込んだ望が一旦引いたところで、敵に取られたサイトへレイズが走り一気に入る。
敵のチェンバーが味方のソーヴァを撃ち抜き、望の唇から細い吐息が漏れる。
望が長距離から敵のソーヴァを狙っているのを確認したオーメンが、ソーヴァを援護する敵からの射線を切るようにスモークを焚く。望はその横を抜け、ソーヴァの頭を撃ち抜いた。
ボイスチャットをONにした望が「ナイス」と声を掛けると、スモークを焚いたオーメンが「ナイスキル」と言葉を返す。
KAY/Oのフラッシュに合わせてレイズが敵のヴァイスをキルし、ラウンドが終わる。
「ナイスファイト」
望の言葉にソーヴァが『すいません、デスしました』と告げるも、それにオーメンが『ナイス、良いドローンだった』と応える。
「モク助かった」
『いや、キルナイスでした。チェンバー、上手いですね』
「そうか? 褒められて嬉しいわ」
その時、味方のレイズが『あっ!』と声を上げる。
『あのあのあの! もしかして、此夢望さんですか!?』
その言葉にKAY/Oが『えっ! マジじゃん、名前、此夢望だし、え! チェンバーじゃん!』と叫ぶ。
『俺、最強のチェンバー使いにチェンバー上手いって言ったんだけど!? そりゃ上手いだろ!』
『ドンマイ! 次のラウンドも取ってこう! 望にキル負けんなよ、お前ら!』
『誰目線だよ! でもまあ、望よりキル取ってこうぜ!』
『キルよりサイト守ってよ』
初めて会ったのか、友人同士で潜っていたのか、それは望には分からなかったが、和気あいあいとした雰囲気に望は満足気な表情を浮かべてからぐうと伸びをして肩と肘をポキポキと鳴らす。
次のラウンドが始まり、最も長い射線を取れる位置へ望がつく。
その望を援護できるように味方が動きを始める。
『望一人でBサイト守ってるよ』
『強すぎるな、Aサイト前にチェンバーとソーヴァ』
『ヴァイスとヨルがBに接近、二時の方向ヴァイス』
ボイスチャットで互いに連携を取り合う。
この瞬間が、望は好きだった。ひとつの大きな目標に向かって味方が邁進する、この時間こそがFPSの最も大きな魅力だと、望は思っていたのだ。
その時、UberEATSが届いたことを知らせるインターフォンが一度鳴る。
『ちょっと、誰?』
「悪い、俺だわ」
『望のいつものやつね?』
配信を見て知られているのだろう、揶揄うようなKAY/Oの言葉に、望は「そう」とだけ返して僅かに見えたヨルの頭へと弾を撃ち込む。まるで吸い込まれるようなヘッドショットに、レイズが一拍遅れて『ナイス!』と声を上げる。
『チェンバー、Bメイン!』
ソーヴァのリコンボルトが発動し、敵のチェンバーの位置が望へ筒抜けになる。
「ナイス!」
望が叫ぶようにそう告げて赤い舌で唇を舐め、敵のチェンバーへツール・ド・フォースによって現れたスナイパーライフルを向けて弾を発射する。
その瞬間、敵のチェンバーが望を確認し、ランデヴーでテレポートする。
「悪い、逃がした!」
『ナイスファイト、切り替えてこ!』
レイズが走り、Aサイト前にいた敵のソーヴァへとペイント弾を投げると同時に走り、その上半身へと弾を撃ち込む。ソーヴァはその場からAサイト方向へと逃れて半身を出してレイズの上半身、頭へと弾を撃ち込む。
スキルを使うか悩んだその一瞬でレイズはソーヴァに撃ち負ける。
全てのラウンドが終わり、望は心地好い疲労に包まれていた。最終キル数は三一、与ダメージもアシストも十分に稼ぎながら敵も強く、望も三度キルされたのだ。
楽しい時間だったと、息を吐く。
『おつかれ!』
『ナイスGG! 望とできて良かった!』
『次望とマッチするまでに鍛えとくからな! 敵では来ないで』
『俺もソーヴァの腕、磨いときます!』
それぞれが別れの言葉を口にし、望もたった一言「GG」と返してホーム画面へと戻る。
「マック取ってくるわ」
望はそう告げるとゲーミングチェアから降りて少し早足で玄関へと向かう。
──今日は足速いな
──GTA中何も食べてなかったから腹減ったんじゃね
──今日はこの後ヴァロかな、GTA見たいけど
──明日オイルリグでFPSできないかもだし、今日はこの後FPSじゃね
コメント欄がそれぞれ好き勝手話す中、戻ってきた望は既にえびフィレオへと食らいついているのだった。




