第十九話 録音と困惑
かなうがシッツ・ハクチョウドラッグを走らせていたその時、十字路で一切の減速をせずに走ってきた黒のバンシー900Rがかなうのバイクをはねて彼女の体ごと歩道へと弾く。
「は!?」
かなうの声を聞いた犯人はしばらく先へ走ってからUターンしてかなうの元へと戻る。
「すまーん! いやなんか、かっこいいバイクだなって見惚れてたらはねてて、いやほんと見事なジャンプでしたね!?」
まるで口先から生まれてきたかのようにペラペラと喋り続ける人物に、かなうは立ち上がり拳銃を手に歩み寄る。
車の中にいる人間の頭上には“警察官 のれんに柳川”という名が浮かんでいる。
「あ?」
言葉を良く聞き取れなかったかなうの言葉にのれんに柳川が即座に車から降りて土下座をする。
「ごめんなさい! マジで! マジでごめんなさい! 自害します! えっ、園夢かなうさん!? 望!?」
叫ぶように謝罪をしたのれんに柳川がそのまま無線を入れる。
「すいません! 行くまでに時間かかります! ごめんなさい!」
のれんに柳川の言葉に、近くを歩いていた“タバコ屋 サイレント†騎士†”が「なにやってんの?」と近くへと寄ってくる。
そんな二人から離れて周囲の確認をしたのれんに柳川が「これにて御免!!!」と叫び自爆をして死亡する。
「はあ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげたかなうの隣でサイレント†騎士†が「うわはははは」と笑い声をあげる。
「アンタが殺したわけじゃないって警察と救急には説明するから。あ、俺はタバコ屋のサイレント†騎士†です。どうすか、連絡先交換でも」
「ああ、俺はクレープ屋の園夢かなう」
「おっ、アンタがかなうさんね。ウロウロが嬉しそうに話しまくってた」
「アイツ、なにやってんだ……」
思わず呟いたかなうに、サイレント†騎士†がまた笑う。
「こんにゃにゃー! 医者でーす! 医者が来ましたー!」
白いスズメに乗って到着した“個人医 トゥルー”が医療キットを持って降りてくる。
「えっ! お二人が殺しました!?」
「俺はこの現場に居合わせた通行人で、アイツがかなうをはねて申し訳無さから自害した犯人」
「え? えっと、え? つまり、犯人が自分で罪を償ったってこと?」
「そういうこと」
トゥルーが「ええー?」と呟きながらのれんに柳川の状態を検査して蘇生を開始する。
その現場に、警察が爆発の表示を見てやって来る。キャリコ・GTSに乗った彼らが降りて、そこで蘇生されているのれんに柳川を見て「は?」と呟く。
その場でのれんに柳川の死体を眺めているサイレント†騎士†とかなうに、警察官の一人“警察 ポムドール・オムレツ”が「えっと、犯人?」と問いかける。
「いや、アイツがかなうをはねて、申し訳なさから自害した」
「アイツがかなうをはねて、申し訳なさから自害」
思わず復唱した“警察 山形埼玉香川”が「ええ……」と呟く。
「俺、アイツにはねられたからアイツ逮捕してくださいよ、警察でしょ」
「いやでも、怪我してないでしょ。轢かれたかは……」
思わず同僚を庇うような発言をした山形埼玉香川に、かなうが「いたた、痛い! お医者さん、俺もなんか、足とか肋骨が痛くて!」と叫ぶ。
「はーい! すぐ診察します! 死人の前だからって待っててくれてありがとう!」
トゥルーがそう告げ、ようやく蘇生されたのれんに柳川がもう一度かなうに土下座する。
「俺は! かなうに犯罪を犯した、警察を辞めたって良い!!」
「はい、じゃあ二〇〇〇万払ってねー」
その言葉にかなうは「やめなくて良いから連絡先交換してくれ」とだけ言う。その間に診察をしていたトゥルーから「捻挫だねー」と告げられ、湿布を貼られる。
その間にのれんに柳川が一度立ち上がりトゥルーへ送金し、再び土下座する。
「ほら、俺が轢かれた証拠だろ」
暫し黙っていたポムドール・オムレツがのれんに柳川の手首へと手錠をかける。
「ご迷惑をおかけしました」
そう告げた山形埼玉香川に、かなうが「あ、三人とも連絡先だけ交換してくれ」と言う。
それにポムドール・オムレツが笑ってスマホを取り出す。一旦のれんに柳川の手錠が外され、のれんに柳川もスマホを取り出して連絡先の交換が済む。
「もう俺のことを三時間くらい牢屋から出さないで、マジで大罪犯したから」
「人間轢いてそんなに長時間拘束できるわけないだろ」
のれんに柳川の車をコンパウンドした山形埼玉香川が再び手錠をかけてキャリコ・GTSへ乗り込んで去っていく。
「園夢ちゃんは二〇〇万で良いよ、被害者だし」
トゥルーの言葉に送金を完了させ、その流れで連絡先を交換する。
「かっこいい車だな」
「でしょう! 個人医は救急と患者の奪い合いだから、誰よりも速く到着できるようにスーパーカーにしたんだ。他にも個人医がいるから、誰かに負けちゃうと稼げないしね。園夢ちゃんもかっこいいバイクだね!」
「だろ、パトロンの金で買った」
「パトロン?」
首を傾げたトゥルーが、不意に止まってから「ごめんね! 患者ができたから行ってくるー!」と告げてスズメに乗り込んで走っていく。赤いニトロの光だけが軌跡のように残っていた。
「じゃあ俺も行くわ、またタバコ買いに来てくれよ」
「あ、いま貰えるか? いくら?」
サイレント†騎士†の言葉に彼へ向き直ったかなうが問いかけ、それに「一本二〇万」と告げる。それに「一〇本くれ」と二〇〇万を支払い、タバコを受け取る。
「じゃあ、これで」
お互いに別れの言葉を告げて、サイレント†騎士†は歩いて、かなうはシッツ・ハクチョウドラッグに跨ってそれぞれの目的地へと向かっていく。
かなうがクレープ屋に到着すると、そこには既にウロウロが待っていた。
「かなう! おつかれ!」
「おー、お前のところののれんに柳川に轢かれたわ、バイクの修理費出してくれね?」
「マジかよ!? 叱っとくわ。あとで修理費いくらかかったか教えて」
金を払う前提のウロウロの言葉にかなうが思わず笑い、そしてウロウロへとボイスを一つずつ渡していく。
「うわ! マジでかなうのボイスじゃん!! 大切に使うわ!」
その場でウロウロが自分のスマホに設定をし、誰かにメッセージを入れる。
『メッセージ来たから見とけよ』
かなうの声が響き、「うわうわうわ!」と望は思わずヘッドセットを外す。
「俺のいないところでやれよ、そういうのは!」
思わず怒鳴ったかなうに、ウロウロは「良いだろ、確認くらい!」と言葉を返す。
「その確認終わったらクレープ買えよ!! 五〇個くらい買え!」
「全然買うわ、さっき火雷神から園夢かなうの絶対叶うクレープが新発売って聞いたから」
「マジでお前、なんなんだよお前……」
脱力したようなかなうの様子にウロウロは声を上げて笑い、その笑い声を背中に受けてクレープ屋へと入る。
「いらっしゃいませー! あ、かなうじゃーん! どうしたの?」
「今日やること大体終わったから働きに来た」
「助かるー! クレープ焼いててくれる?」
火雷神がそう言い、かなうは厨房へと入る。そこには初めて会う男性プレイヤーがいた。
「初めまして、自分此夢おれのです!」
「此夢おれの……?」
「はい! 此夢望の大ファンで、名前でアピールしちゃいました!」
「ええ……」
思わず呟いたかなうに、此夢おれのがかなうの声と名前を確認して「マジの望じゃん!?」と大声で叫ぶ。
「うわ! 切り抜き見てここで働かせてもらったの、マジで良かった!」
此夢おれのが犬だったならば風が吹くほどにしっぽを振っていただろう様子に、かなうは完全に引き攣った表情で「どうも」と返す。
「さっきから園夢かなうの絶対叶うクレープばっか作ってるんで、他のクレープの在庫〇なんですよね」
そう言って笑う此夢おれのに、かなうは深々と溜め息を吐いてからクレープを作り始める。
まるでこのサーバーの中にまともな人間は自分だけだと言われたような気分だった。
ただ、此夢おれのの声だけが、どこか“立花勇人”の一番弟子を自称していた青年の声に似ている気だけがしていた。




