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冴えないおっさんプロゲーマー、TS美少女で成り上がりプロゲーマーに返り咲きます!  作者: 田中


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第一五話 購入と契約

 立花勇人(たちばなはやと)は、生まれた時からFPSをして生きてきたのではないかと言われるような人間だった。

 勇人は日本オタクだったハンガリー人の祖母とドイツ人の祖父を持ち、そのハーフの父と日本人の母を持つ、クォーターの青年だった。

 黒いくるくると勝手にあちらこちらへと巻き跳ねる髪に、ぎょろりとした黒い目が特徴的な青年は、物心ついた時からひたすらFPSに打ち込んでいた。そんな息子を両親は心配していたものの、おおらかな父親は「いつか大成するかもしれないから好きにさせてやろう」と笑ったものだった。


 それが真実になったのは、立花勇人がもうすぐ一八歳を迎える直前の一七歳最後の月だった。

 株式会社さぷらいずの代表取締役である新山一成からDMが届いたのだ。


『突然のご連絡失礼します。

 株式会社さぷらいず代表の新山一成と申します。

 以前よりスパロウさんのプレイを拝見しており、一度お話しさせていただきたくご連絡しました。

 FPS部門の選手として、弊社で活動していただくことに興味はありませんか』


 簡単にまとめれば、それだけの内容だった。

 勇人はそのDMに興味の欠片も無かったが、それを見た母親に「行っておいで」と言われ、嫌々ながら家を出たのだ。

 せめて清潔な格好をしていきなさいと言われ、洗濯したばかりのグレーのスウェットにキティちゃんの健康サンダルをずりずり引きずりながら東京の八王子にある株式会社さぷらいずのエントランスへと入る。

 邪魔になる前髪と横髪を纏めてヘアゴムで縛った勇人の様子に、不審者を見る目でじろじろと上から下まで見つめた受付嬢が「アポイントは?」と問い掛ける。


「立花勇人です、新山一成さんに会いに来ました」


 受付嬢はもう一度勇人の頭の上から爪先までをじろじろと二度、三度と眺めてから内線をかける。


「社長、立花勇人さんがいらっしゃっています」


 内線を切った受付嬢が「すぐにいらっしゃるのでお待ちください」と告げる。

 それに勇人はもごもごと「ありがとうございます」だとか「わかりました」だとか、そういった言葉を口の中でこね回す。

 既に来たことを後悔し始めていた。


 妙に清潔感のある床を叩く革靴の踵に、勇人はそちらを見る。

 既に一八八センチメートルまで伸びたにも関わらず、ひどい猫背のせいで一〇センチメートル、一五センチメートルは低く見える。そんな勇人は、妙にうっそりとした印象すら抱かせた。


「初めまして、立花勇人くんですね。私は新山一成です。お会いできて光栄です」


「……はい、来るつもり無かったんですけど、母さんが行けって」


 こけた頬に彫りの深い顔立ち、ぎょろりとした目があまりにも特徴的で、一成は小さく息を呑んだ。


──こんなにも、見てくれだけで天才だということが分かる人間がこの世にいたのか。


 決して美形とは言いきれない、妙に目が留まる青年の姿に一成は内心そう独りごちるのだ。


「契約について、少し話をしたいからこちらに来てもらえますか」


 一成がエレベーターの方へと向かうと勇人は少しだけ嫌そうな表情を浮かべてから、エントランスのガラス戸とエレベーターを二度三度と視線を惑わせて、諦めたようにエレベーターへとずりずりサンダルの底を擦り付けながら歩いて一成へ着いていく。

 既に帰ってゲームをしたいと言いたげな様子で、それに一成は苦笑を零す。


 スウェットに健康サンダルの勇人とは違い、まだ二〇歳半ばだろう一成はブルーのイタリア老舗ブランドのオーダーメイドスーツにオーダーメイドの革靴を履いていた。アッシュグレーに染められた髪は七三のオールバックにされており、まるで定規をいれられたようにピシッと伸びた背筋がスーツをより美しく見せているように、勇人の目には見えた。

 学校にもクラスにも日本人にも馴染めず不登校でゲームばかりしている勇人とは住む場所が違うとすら、鬱屈した思考すら滲む。


 エレベーターの中までもウッディな香りが漂うそこに、勇人は居た堪れなくなりサンダルから覗き見える親指同士を擦り合わせる。

 一四階を押されたエレベーターは音もなく上がっていく。まるで止まっているようだった。


「こちらへ」


 開いたエレベーターの扉から一成はグレーの絨毯が敷き詰められた廊下へと出る。高級感のある、毛足の長い絨毯へ、勇人はキティちゃんの健康サンダルで踏み出す。


「通常は自宅での配信でも構わないのですが、チーム練習やミーティングの際にはこちらへ来ていただきます。この部屋がチーム練習用の部屋です」


 開かれた扉の先にはRAVEN CORE(レイヴン・コア)の黒とブルーアッシュで整えられたゲーミングパソコンやゲーミングヘッドセット、ゲーミングキーボードにゲーミングマウスが何台も並んでいる。

 ブルーアッシュで刻まれた企業ロゴは双頭の烏が羽を広げているものだった。

 パッと見ただけでも一〇台以上はあるようで、プレイヤーに負荷が掛からないようRAVEN COREのゲーミングチェアまでもが揃えられている。


「これ、全部RAVEN COREの」


「ええ、良いプレイは良い機材からですから」


 一成の言葉に、勇人は小さく頷く。


「こちらに来て頂けますか」


 一成が歩く先へと勇人は着いていく。会議室と書かれた部屋へと入ると、そこには簡素な強化プラスチックで作られた机とパイプ椅子にホワイトボードが置かれている。

 その椅子へ、一成が「どうぞ」と勧める。それに勇人はどかりと腰を下ろす。


「まず配信ですが、毎日三時間以上をお願いします。三時間配信をすることで時給三二〇〇円を支給します。また、自宅で配信をする場合はある程度望む通りの機材を支給します。配信機材、ゲーミングパソコン、その周辺機器までですね」


「無料で?」


「はい。ただ、こちらは株式会社さぷらいずを退社した時点で返還して頂きます。交通費ですが、全額株式会社さぷらいずが持ちます、これは万が一立花勇人さんが遠方へ引越しをした場合にも全額お支払いします」


 一成からの説明に、勇人はかくんと頷く。

 まるで、機械油のきれたブリキ人形のような動きで、それに一成は唇に笑みを浮かべるのだった。


「やります、俺」


「ありがとうございます。契約については、立花勇人さんが未成年なのでご家族の方へも説明させて頂き、了承を得てからとなりますので、後ほど私、新山一成からお電話差し上げます」


「わかりました」


 勇人は何度か視線を惑わせてから一度二度と頷き、話は終わったとばかりにスウェットのポケットへ手を突っ込む。


「立花勇人さん以外の配信者は九名います。また、チーム名は“びーすたー”なので、それぞれ配信用に動物の名前を付けてもらいます」


 エレベーターへ向かう道すがら、一成は勇人へと説明する。それを聞いているのかいないのか、勇人は再びカクリと頷く。

 相変わらず止まっているかのように滑らかなエレベーターで一階へと降り、勇人は一成へ軽く会釈をしてから猫背のままサンダルだけをパタパタ音をさせてガラス戸を抜けて外へと出て行く。


「社長、彼を雇うんですか」


 受付嬢がそう聞くと、一成は唇へ笑みを刻んだまま「ああ」と頷く。


「あれは、天才だよ。金の卵を産むガチョウだ」


 僅かに興奮したような一成の言葉に、受付嬢は軽く肩を掠めてから「また社長の気まぐれが出た」とばかりに来客者についてを軽く纏める。


 三日後、アポイントを取った一成が勇人の自宅へと来訪した。

 そこで提示された条件に勇人の母親は口元を押さえてから二つ返事で契約に同意したのだった。


「立花勇人さんは、どこの企業が好きですか?」


 一成からの問いに、勇人は数瞬悩んでから「NOVA GEAR」と言葉を落とした。


「分かりました。それでは、立花勇人さんが一八歳になる来月から契約履行となります。よろしくお願いします」


「よろしく、お願いします」


 それが、立花勇人が株式会社さぷらいずへ所属した最初の日だった。


 うたた寝をしていた鷺山めのこがベッドから体を起こす。部屋の壁はグリーンで、手首も指も細く白い。胸には女性の中でも比較的豊満だろう脂肪の塊がふたつくっついている。

 まだ年若い、かつての自分がさぷらいずに所属したばかりの頃と同じ年齢の体。


「良かった」


 めのこはそっと自分の体を抱き締める。

 一六二センチメートルにまで縮んだ体、長い髪。そんな体の変化よりも、めのこにとって重要だったのは“FPSができる”という、たった一つのことだけだった。


 めのこはクイーンサイズのベッドの縁へとずりずりと移動してから立ち上がる。フローリングは底冷えするほど冷たくて、フェイクファーが貼り付けられたスリッパを履いて配信部屋へと向かい、パソコンの電源を入れてからスマホでUberEATSを開く。

 マクドナルドの表示をタップして適当なセットとドリンクを頼んで、彼だった彼女はOBSを開いて配信準備を始める。

 ヘッドセットを頭に嵌めて「よし、やるか」と静かな声を落とす。

 すぐに増えていく同接とコメントに、めのこは変わらないなと笑うのだ。

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