第3花 夜には月と星が瞬く
剣を振り、マナー講義を聞いた。そうして城の庭に出て乗馬をするために白い馬に乗った。
「……身体は覚えてるんだな…」
右にいる馬を撫でながら、左手で自分の手のひらを見る。
思いの外動けていた。わからないことだらけだから躓くだろうと思っていたのに。
嬉しそうに馬が擦り寄ってくる。…ソルは好かれていたんだろうな。
ふと、視線を感じたので、そちらを向くと白いドレスを纏ったセレナがそこにはいた。
俺と視線があったことにビクッと肩を揺らして、それでも逃げないことになんだか嬉しくなる。
「すまない、この子を返すよ」
馬を渡して、セレナの元へと向かう。
「セレナ、今日はどうしてここに?」
「あ、えと…ソル様が、乗馬をしていると、聞いたので…」
「それも何かのイベント?」
セレナに聞くと、パッと顔を上げて悲しげな表情をした後に、また俯いて首を振られる。
「ああ、悲しい顔をして欲しかったわけじゃなくて、ただ聞きたかっただけなんだ」
「ぅ、あ、あなた様が何も存じ上げないのは、わかっております…」
せっかくの、綺麗な目が俺に向かないのはイヤだな、とセレナの前髪に触れる。
「へ、ぁ…」
「俺は、せっかく綺麗な君の目が見えなくなるのは、イヤだな」
「!!!」
顔を赤くするセレナに、なんだか、笑ってしまう。
本当に、この子が悪役令嬢だとかいうものだったのか?
────昨日の夜のことを思い出す。
「シナリオ通りに動いてる?」
アスターも初耳だったのか、セレナとノクスを見た。
「シナリオって何?」
困惑する俺をよそにアスターがわなわなと震える。
「待って、私は知らない、初めて聞いたわ…!」
立ち上がりながら、セレナたちに向かって声を張り上げる。
「『聖華のゆりかご』でもそんなこと言ってなかったわよ!」
「…知らなくて当然です、この世界では人々に役割が振られているんです、レッテル…というとわかりやすいかしら」
静かに紅茶を一口飲んで、セレナが息を吐く。震える手に、目。初めて誰かに伝えるのだろうか。
シナリオが何なのかよくわからないけどそれでも目の前のセレナが勇気を出して教えてくれたことに、俺は見つめる。
「…なんで俺たちにこの話をしてくれたの?」
「……そ、れは…」
言葉が詰まったセレナの代わりにノクスが後ろから軽くお辞儀をして入ってくる。
「僭越ながら私が話させていただきます。ソル様の記憶喪失、それからアスター様の動きから、我々はバグが起きたのではないかと推測しました」
「「バグ?」」
「なんか機械みたいだね」
「シナリオ通りに動くってことはかなり台本的な話よねえ」
アスターはもう取り繕う気がないのか足を組んで悩み始める。
ノクスが俺を見る。その静かな瞳は、まるで夜のよう。
「ソル様、あなたはもっと冷酷な方でした」
「えっ…」
ソル!?お前…そうなのか!?自分でありながら自分ではない男の話に、思わず胸に手を当てる。
セレナとアスターから否定の言葉が返ってこないのをみるに、事実なのだろう。
「ですので、あなたがセレナ様に対しての今の態度、台本とは違い、明らかに別人…記憶喪失というのは言い得て妙で、納得しかありませんでした」
「……そうなのか」
「だからあなた方にお話しさせていただきました」
「──この世界を変えることができるかもしれない、あなた方に」
ノクスの言葉に俺はとんでもないことに巻き込まれているのを肌で感じ、隣にいたアスターは立ち上がった。
「元より私はこの世界では聖女よ。魂がなんであれ、レッテルがなんであれ聖女という肩書きも力もそのまま受け継いでるわ」
胸に手を当てて自信満々にノクスとセレナを見たアスターは腰に手を当てる。
「あなた達が、私にやってきたことがシナリオ通りだから、なんてことは許されないし私は許すつもりもない」
セレナはアスターを見返す。それは、どんな断罪も受け入れるという、顔。
悪いことを悪いとわかっていて、やっていた。
「──でも」
アスターはそこで区切ってセレナに指を指す。
「あなたが私に優しくしてくれたことがあるのも知ってる。…だから急に、酷い態度をたくさん取られて、嫌な気持ちになったの」
「だからって断罪しなくても…」
「悪かったわね!私だってソル様と結婚したかったのよ!」
「……ごめんなさい、アスター…毒を、飲ませるなんて、ことをして…」
セレナが謝る。アスターは腕を組んでそっぽを向いた。
「ふん、謝ったって無駄よ。……と言いたいところだけど」
「ここで手を組まないとやってられないのも事実だから…」
「わ、大人だなアスター」
「当たり前でしょ、私は大人よ」
それは精神的に、ではなく…もしかして肉体的に、なのか?と思ったがここで言うのは違うのであえて黙る。
「それにしても、静かなクール王子と言われたソル様が…こんな大型犬みたいに…」
「もしかして俺ディスられてる?」
「…でぃす…?」
「やめなさい、セレナ様はそんな言葉知らないんだから」
首を傾げるセレナかわいい…と思いつつ、要らない言葉を覚えさせてしまったかもしれないとアスターに言われて気づく。
ふと、気になったことがあったので、立ち上がり、セレナの手を取る。しなやかな、手入れの行き届いた手だ。
するりと優しく撫でて、セレナの顔を見る。
「…セレナ、今の俺でも、君と居てもいい?」
だって、クール王子と言われたソルのことを、セレナは好きだったかもしれない。今の俺とは、いたくないかも…。
手を握られてびっくりしていたセレナは、少しだけ頬を赤らめて、その綺麗な黄色の目で俺を見つめ返す。
「…許可なんて入りませんわ」
「いつも通り、あなた様の思うままに居てくださったら、構いません」
先ほどまでのオドオドとして居た女性ではない、凛とした声、顔、態度。全てが彼女を美しく際立たせる。
──やっぱり、この子は綺麗だ。
見た目だけじゃない。
……多分。心も。
「…ありがとう」
微笑み返すとセレナが俺の手を握る。初めてセレナから握られびっくりする。
「え、」
「だから、どうか…どうか、」
何か言った気がしたが、その言葉は聞き取れなかった。
俺たちのやりとりをアスターとノクスが見守っていることを忘れて、俺は握られた柔らかい手に動揺していた。
「……なーんか、ソル様…って感じじゃないわね」
「アスター様も、我々が知っているあなたではなかったですよ」
「…アスターのことも、もっともっと前から知ってたの?」
ノクスに視線を向けると細まる眼差しがアスターを射抜く。そんな射抜かれた目に対してアスターは負けじと返した。
「ずっと、私は私だったはずよ」
アスターの言葉にノクスがアスターを見つめる。
「…どうでしょう、私の知っているあなたは、もっとよく泣く方でした」
「そう…」
その日の夜は満点の星空と、太陽に照らされて輝いている月が見えていた。
ここまでのが区切りいいなと思ったので3話公開にします。小説とはなんぞやと思いつつ書いてるので緩い気持ちで見ていただけると嬉しいです。




