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第2花 シナリオって何?

 その日の夜、セレナの部屋に向かう前に、アスターに俺は壁ドンされていた。


「あんた、転生者でしょ」

「…てん、せい…??」

「転生も知らないの!?こっちに来る前にあんた死んでないわけ!?」

「すごいデリケートな話をストレートに……死、んだ気がする…?」

「トラックに轢かれるとか!病気で死んだとか!自殺したとか!死因は!?」

「え、死因って大事なの?えーーー…なんだったかなぁ…地震?だった気がする」

「……思ってた死因と違いすぎて衝撃よ…」


 項垂れた頭。つむじを眺めながらへらりと笑う。


「聞いたのは君なのに…まぁあんまりまだ実感が湧いてないんだけど、それで、なに?この世界????というか、俺なんで生きてんの?…って君に聞いてもどうしようもないか」


「…ここは乙女ゲーム聖華のゆりかごに出てくる世界よ。

 主人公、アスターがこの世界の澱んだ空気を浄化させて行くの。その先々で攻略対象者…つまり、顔のいい男たちと恋愛して行くのよ」

「えっゲームの世界なんだ?俺ゲームやったことないや」

「はあ!?あんたなにして生きてきたわけ!?」

「何って……妹の面倒見たり、バイトしてたかなぁ」

「…真っ当に真面目に生きてたのね」


 アスターが壁から手を離して、目を伏せる。

 …なんだか、寂しそうな表情をしている、が…ふと思い出す。


「まあそれも地震で……あ、妹…生きてるといいんだけど」

「…とにかく!あんたは今日から記憶喪失で通しなさい」

「記憶喪失?」

「そう!もう何も知らないふりをするの!いいわね!」

「まぁ実際知らんからいっか…ありがとうアスター。ところで俺の名前は?」



「〜〜あんたはソル・サンライト!ウィステリア王国の第一王子!テオドール王の息子よ!!」


「俺、王様の息子なんだ!!?」

「ほんっとにどうかと思うわ……」


 額に手を当てて呆れた顔をしたアスターに俺は苦笑いを浮かべた。

 仕方なくない?何も知らないんだし…。


「一旦、私は部屋に戻るわ。…セレナ様の部屋は、あなたの部屋の近くにあるから、記憶が覚えてるんじゃないかしら」







 なんて思いの外雑に放置されるままに部屋に戻る。そういえば、王子だというのに側近はいないのだろうか…。


 満月が顔を見せる夜。

 鏡の前に立ち、自分の姿を見る。


「…本当に王様に似てる」


 金の髪の毛、藤色の目。太陽の名にそぐわない金の髪の毛はまるで月のよう。一房手にして少し眺める。

 手入れの入った綺麗な髪だ。自分のものだという感覚がない。そもそも、本来のソルはどこに行ったのか……。


「…もしかして俺の中で眠ってるのかな…」


 自分の手を胸に置く。だとしたら申し訳ない。お前の身体なのに、本来ここに俺はいないはずなのに。


「……でもごめん、俺あの人が気になっちゃったんだ……」


 何故か、胸に焦がれるようなあの綺麗な人と、話したい。


「──お前が戻ってきた時にいくらでも文句は聞くからさ、今だけ俺にお前の人生、ちょうだいよ」


 軽く息を吐き、肩の力を抜いてもう一度鏡を見る。どう見ても藤田太陽の姿はここにはない。

 ここにいるのは、ソル・サンライト、ただ一人だ。

 本当のソルが消えたのか、俺が成り変わったのかはもうわからないけどそれでもここに今俺がいるなら、俺はこれを新たな人生として歩むこととする。そう割り切らないといつまでもソルに悪いからな。




 扉を開けて広い廊下に出る。月明かりに照らされている廊下はどこか神聖な空気を漂わせていた。

 壁に備え付けられたランプの灯りを眺めながら歩いていると、向かっていた扉の前に──女の子とその側近の男の人が網目状の籠を片手に立っていた。


 肩にかけられた白いカーディガン、夜も静かに深まっている時間なのに、しっかりと着込んでいる赤いドレス。


(──あ、舞台?の上で綺麗だなぁと思って見てた、あの女性だ。)


「…こんばんは」


 ビクッと肩を揺らした女の子は、俺を見る。相変わらず、綺麗なお月様のような黄色の目。

 近寄ると、側近の人の姿もよくわかる。身長の高い長髪の、白い髪の男性。


「…すまない、記憶が無くて…名前がわからないんだ」


 一瞬、目を見開いた女性…セレナに笑いかける。正しくはアスターに教えてもらったけどやっぱり本人の口から聞きたい。

「…できれば、自己紹介から始めたい…本当に、わからないんだ…そこの、側近の人の名前も教えてくれたら嬉しい」


 二人して驚いた顔をした後に、セレナが少しだけ目を伏せた。隣にいた側近の人は表情を変えないまま静かに黙っている。

セレナは、傷ついた顔をしていた気がする。ソルと仲が良かったのかもしれない。


「…ごめんな」


 セレナはハッとした顔の後にドレスの裾を軽く持ち上げて一礼をしてくれた。


「──失礼いたしました、ローズ王国第一王女 セレナ・ムーンと申します。貴方様とは婚約者でした…こちらは私の側近、ノクス・ノヴィルーニウムですわ」

「…ノクスと、お呼びください」


胸に手を当て、一礼するノクス。

その隣には、月明かりに照らされたセレナが堂々と佇んでいる。


(本当に、綺麗でかわいいなぁ…)


自分の小さな想いを胸に秘めて、改めて2人に笑いかける。


「ノクスと、セレナ…ね!よろしく頼むよ。まだまだわからないことばかりで…」


 手を差し出すと、二人して首を傾げる。

 この世界で握手はしないのか?


「…あー、ごめん…」


困惑した表情のセレナに、そこもかわいい。と思いつつもこの世界のルールがわからないため差し出した手を引っ込める。

そんな俺の手を誰かに掴まれた。


「では僭越ながら私が」


 ノクスが、ガッと握手してくれた。力強く、決して離さないような握り方をされる。見た目の儚さに反して思いの外武闘家なのかもしれない。

手袋越しに感じた手の厚さがそれを物語っていた。

ノクスを見上げれば、真っ暗な紺色の夜のような目に見返される。


「よろしくお願いします、ソル様」

「うん、よろしくね」




 月明かりが灯る豪華絢爛な部屋。シャンデリアが輝き部屋を照らした。ふかふかの赤いソファが二つとソファの前にある机の上にはお菓子がいくつか並べられている。セレナが前に、俺の横にはアスターが座る。


「…よろしくお願いします、ソル様」


 ちょこんと座ったままぎこちないセレナに微笑む。


「肩の力を抜いていいんだよ」

「い、いえ、緊張してるわけではなくて…」

「ほんとに?せっかくお話しできるし今日はたくさん話そうよ」


「ちょっと、話がややこしくなるからソル様は喋らないでください」

「…アスターこそ、俺に対してちょっと雑になってない?」

「…セレナ様、ソル様は完全に記憶を失われました。それは聖女である私が断言できます。」


アスターはセレナを見つめる。セレナは目を伏せて小さく呟く。


「…そう」


──破棄を宣言した時、どこにいくのか、そんな目をしていたセレナを思い出す。わかっていたことだ、というように呟いた声に胸が締められる。

そんな俺をよそに、アスターは紅茶を片手に取り、一口飲んだ後苦しみを吐き出す声で話し出す。


「……あなたが私にやってきた数々の悪事、正直にいってしまえば許せません」


 座る席の真ん中にあるクッキーを手に取り一つ放り込む。

 アスターが真剣な顔でセレナに何かを訴えているが、いまいち俺の中で結びつかない。


「…本当にセレナがやったの?」

「そうよ。私はこの目で見たもの」

「想像つかないなぁ」


 静かに後ろで立って黙っているノクスにも、聞く。


「本当なの?」

「私の立場ではお伝えできません」

「俺が聞いてるのに?」

「………」


 だんまり、か。普通はこういうの、不敬!とか言うのかな、わからん。王子って立場になったことないから…。

 赤い髪の毛を触りながら、視線を横にずらして気まずそうに座るセレナに、本当なのかもしれない…という気持ちと、でも俺自身が見たわけじゃないしなぁ…という気持ちが湧き上がる。

 こういう時、妹によく言っていた。


 "見てもないのに決めつけるのはよくないぞ"と。


 それを俺が実行しなくてどうするんだ。


「…まだ、俺の目では見てないから信じられないな」

「っ、私は嘘をついてないわよ!」

「たとえアスターが嘘をついてなかったとしても、だよ。何か理由があるかもしれないだろ」

「そのよくわからない理由で殺されそうになるなんて理不尽極まりないわ!」

「それは、そうだけど」

「だから私はあなたを許せないのよ、セレナ・ムーン」


 キッ、と睨むアスターはせっかくのかわいい顔立ちが台無しだ。普通に怖い。

 セレナも少しだけ恐々と口を開く。


「……私、だってやりたくてやったわけじゃないのよ」

「はあ!?やりたくてやったわけじゃないっていうにしてはなかなか酷かったけど?」

「…そんなに酷かったの?」

「そうよ、ソル様の飲み物に毒を入れたり、私の服を破いたり」

「おお…なかなかすごいことしてるな」


 ふん!と怒るアスターに、セレナは小さく呟いた。


「…ごめんなさい、理由があるの」


「理由?」

「ふん、その理由とやら聞かせてもらおうじゃない。くだらないものだったら許さないんだから」


 アスターは腕を組んで怒ったように眉を吊り上げる。セレナは両手を小さな膝の上で握る。絞り出すように震える声でセレナはアスターと俺を見る。


「……私たちは、シナリオ通りに動いてるの」

「…は?」



 一目惚れした女性から出て来た言葉にしては、とんでもない爆弾だった。




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