第1花 転生先は王子様でした。
「ローズ王国、セレナ・ムーン第一王女とウィステリア王国ソル・サンライト王子の婚約を破棄します!!」
ざわつく宮殿。煌びやかな眩しい光。腕にある、温もり。眩しさにゆっくりと目を開けると、赤い髪の、美しい女の人がそこにはいた。
階段下にいる、その美しい女性は、真っ赤な太陽のようなドレスに、足元にあしらわれた薔薇の靴を履いていた。見上げた目にはまんまるの、満月のように綺麗な切長の瞳。
白い肌に、豊かな胸、しなやかな腕や首はどこか折れそうで細いのに、その瞳だけは強い意志で俺を見ていた。
どこに行くの?というように。
「──ぁ」
見惚れてしまった、というのか…。
本当に、こんなに美しい人を見たことがなかった。
(綺麗だなあ……)
突然腕に振動が走る。
「ソル様、怖かったです…っ!」
ギュッと腕に抱きついてきた顔立ちのかわいらしい女の子。腰まである長くて綺麗な黒髪に、茶色の目。まるで日本人さながらと言った素朴な顔立ち。それでも可愛らしい顔をしている。
薄いピンクのふんわりとしたドレスは、彼女にぴったりだ。
……はて、自分はなぜこんなところに?
「え、ここどこ…」
「は?」
呟いた俺の言葉を一刀両断するかの如く腕に抱きついていた女の子から低い声。
「ソル様…?」
「いや、俺ソル?じゃなくて…藤田太陽って名前でして…」
「なんでそんな日本人じみた名前なの…!って…え!!!?」
腕に掴まっていた女性がパッと離れる。俺はそれよりも目の前にいたあの赤い女の子が気になって仕方がなかった。
あんなに綺麗な子、居ないと思うくらい。
思わず階段を駆け降りる。ざわつく周りの声を無視して、後ろから止めるようなさっきの女の子の声も無視して、赤がとんでもなく似合っていた、あの。
「──そこの美しいひと、お名前を、教えてくれませんか?」
「は……?」
身体が勝手にひざまづき、彼女の手を取り、キスを送ってしまった。
待って、俺はこんなのやったことない。
「うわぁー!女性の手を!いや膝ついて!?あの、俺本当に知らなくて…!え、昨今だとセクハラにならない!?大丈夫!?」
慌てる俺に、目の前の女性はポカン、とした顔をしたあと、目を瞬かせる。
その仕草すら可愛くて、笑ってしまう。
「…本当に、かわいい」
「…っ!あ、かわ…!?……ぅ」
グッと俯いた女性は俺を睨み、会場全体に叫ぶように声を張り上げた。
「婚約は破棄された。では私はここで失礼しますわ!!」
ドレスを翻して何処かに向かおうとする女性の手を思わず掴む。
「待ってっ!」
「は、離してください殿下!」
「だめだ、なんか、離したらいけない気がするから、お願いだ、俺の話を聞いてくれないかな…」
足を止めて、肩越しに俺の方を見てきたその女性の顔は赤く、もう全身が真っ赤で、それすら可愛くて、どうしたって俺はこの子から目が離せない。
「……では、今夜…私の部屋に」
「え!!!?そんな急に!?まだ俺たちそんなに仲良くないよね!?」
「ちょ、ちょっとちょっとちょーーーっと待った!!」
俺と女性の手を離すように間に割ってきた女の子が俺を見る。
「その今夜の話し合い、私も混ぜさせてもらっても良いですか!?」
「…え、嫌だけど…」
「嫌って何よ…!セレナ様はあなたに毒を仕込んだり、あなたがやってもいない悪事の噂を広めようとしたり、私にも危害を加えようとしたんです!充分怖いでしょう!?だから、私が念の為間に入って…」
「いらないいらない」
「い・る・の・よ!!」
「邪魔者…」
思わず呟いた言葉に女性がにっこりと笑った。日本にいたら十分綺麗だと言われる顔をしている。
女性の方を振り向いた瞬間、すでにあの女の子は消えてしまっていた。
「…あーあ、行っちゃった…」
なんであんなに目が離せなかったんだろう…。意志の強いあの目に反して、追いかけた時の背中が、どこか苦しそうに見えた。
がっかりとする、そんな俺にお構いなく、女性は微笑む。
スカートの端を持ち、ゆったりとした動作でお辞儀をする。
「聖女アスター・アリアドネですわ、殿下。お忘れなきよう」
ね、?と微笑むアスターと名乗った女性にため息をついてしまう。
「…俺は、そのセレナ?と話がしたかったんだけど」
「先ほどもお教えしたように、セレナ様はあなた様に対して大変恐ろしいことをしておりましたの。ここであなた様と二人っきりにする方が危険ですわ」
「…うーーーーーん…心配してくれるのは嬉しいけど、セレナとは二人っきりで話しをしたいな」
アスターはピキ。と固まったあと深く息を吐き、俺の手を掴んだ。
「えっ」
「ちょっとこちらに。
テオドール王!婚約破棄は一旦お預けでもよろしいでしょうか!」
「お、あぁ、構わないよアスター嬢」
ドレスの裾を持ち上げてアスターが一礼する。俺は、王と呼ばれた人を見る。綺麗な顔立ちの人だなぁ…。なんか、こう…俳優さんが良い歳の取り方をしたらあんなイケオジになるんだろうなぁという顔をしている…。
扉が閉まる寸前、その王様の表情がどこか、悲しげな顔をしていたのだけが少し気になった。




