第八話 水が語るもの
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
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カーセン村は館から歩いて半刻ほどの距離だった。
ミリアと並んで歩きながら、俺はこの領地を歩くのが二度目だと気づいた。前回は一人で手帳を持って調査していた。今回は隣に人がいる。それだけで、何か違う感じがした。
「村長は何という方ですか」
「エルンストさんです。六十歳を過ぎた、少し頑固な方ですが、領民思いです」とミリアが答えた。
村長のエルンストは確かに頑固そうな男だった。
俺たちを見て、最初に言ったのは「子供が何しに来た」という顔だった。ミリアの顔は知っていたらしく、少し表情が和らいだが、俺への警戒は残っていた。
「腹痛の件を聞きました。水源が原因かもしれないと思って確認に来ました」
「水が原因? 何年もこの水を飲んでいるが」
「毎年、腹を壊す季節がありますか」
「……まあ、秋口には毎年何人か。慣れれば大丈夫だ、毎年のことだ」
毎年のことだから仕方ない、か。
俺は内心で溜息をついた。この世界で一番大きな「壁」がこれだと思う。壊れることへの諦め。当たり前だと思ってしまうと、改善しようという発想が生まれない。
「孫御さんはいらっしゃいますか」と俺は聞いた。
村長が少し表情を変えた。「……いるが」
「腹痛で困ったことはありませんか」
間があった。
「……毎年、秋には熱を出す。腹も痛がる」
「水源を見せてください」
水源は村の北側にある湧き水だった。見た目は透明で、きれいな水に見えた。ミリアが「臭いはないですね」と言った。
俺は水源に意識を向けた。
(術野の目──)
水の中が透かして見えた。水自体に色はないが、その中に浮遊する微細な汚染物質が、薄い褐色の靄として見えた。上流から流れ込んでいる。
「少し上流に何かあります」
岸沿いを上流に歩いた。十分ほど進んだところで、草むらの中に鹿の死骸があった。かなり腐敗が進んでいた。
ミリアが顔をしかめた。「これが……」
「腐敗した体から出た菌が、川を伝って水源まで流れ込んでいます。今は量が少ないですが、秋口は動物が川岸で死にやすい。毎年この時期に腹痛が増えるのは、それが原因だと思います」
「取り除けば治りますか」
「死骸を埋めて、水源周辺を清潔にする。それだけでも大きく改善します。それと、水を沸かしてから飲む習慣をつければなおいい」
ミリアが「沸かせば菌が死ぬんですか」と聞いた。
「熱に弱い菌は多いです。水が大きく煮立つまで沸かせば、かなり除菌できます」
「私の薬草で、水の殺菌力を高めることもできるかもしれません。ヨモギとナズナを煎じた水は雑菌を抑える作用があります」
「それは素晴らしい。一緒に試してみましょう」
村長に戻って説明した。エルンストは最初、「そんな面倒なことを」という顔をした。
「一週間だけ試してみてください」と俺は言った。「死骸を埋めて、水源を清掃して、飲み水を沸かす。それだけです。もし腹痛が減れば、それが答えです」
「…孫が毎年熱を出すのは、確かに困っている」
村長が考え込んだ。
「分かった、やってみよう」という言葉は、すぐには来なかった。俺は待った。
「……一週間だけだな」とエルンストが言った。
「はい。一週間後に確認に来ます」
「来なくていい。効いたら自分で報告する」
「分かりました。ではミリアさんの薬草浄化剤を置いていきます。使い方はミリアさんから聞いてください」
帰り道、ミリアが「村長は頑固でしたね」と言った。
「でも動いてくれました。それで十分です」
「孫の話を出したのは、計算していましたか」
「……正直に言うと、少し。でも孫の話を聞いた時は、本当に心が動きました」
ミリアが小さく笑った。「正直な人ですね」
「医師は患者に嘘をつかない方がいいと思っています」
「医師、ですか」
俺は少し詰まった。
「昔の癖が出ました。気にしないでください」




