第七話 治せたはずの病
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
ここまで読んで「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
記録帳は、思っていたより丁寧に書かれていた。
ミリアが持ってきた薄い帳面には、二年前の秋から翌春にかけての日付と、母の症状が細かく書かれていた。「咳の回数」「熱の高さ」「食欲の有無」「呼吸の深さ」。文字は素朴だったが、観察は几帳面だった。
「毎日書いていたのですか」
「はい」とミリアは答えた。「何かの役に立てると思って。でも結局、何も……」
俺は帳面をゆっくりとめくった。
(咳・発熱・体重減少が半年続く。痰に少量の血が混じったという記録もある。この症状の進行パターンは、ほぼ確実に──)
前世で何度も向き合った病だ。肺結核に類似した感染症。この世界で「菌」という概念がないなら、正確な診断は難しい。でも症状と経過から、ほぼ間違いなかった。
「俺には、これが何の病気か、推測できます」と俺は言った。
ミリアが顔を上げた。
「この記録を見ると、肺の中に目に見えない小さな虫のようなものが増えていったと考えられます。咳はその虫が出した刺激です。体重が落ちたのは、体の力がその虫と戦い続けていたから」
「虫……」ミリアがゆっくり繰り返した。「そんな考え方があるんですか」
「この世界では一般的な考え方ではありませんが、俺はそう見ています」
「もし、その虫を殺す方法があれば」
「治せたはずです」俺は正直に言った。「治せたはずなんです、あなたのお母さんは」
ミリアが帳面から目を離した。しばらく窓の外を見ていた。
「……そうですか」
声は静かだった。でも両手が、膝の上でゆっくりと握られた。
「治せたはず、か」とミリアがもう一度言った。
俺は無言で頷いた。
前世でも同じ言葉を、家族に伝えたことがある。「もっと早く来ていただいていれば」という言葉。それは希望でもあり、残酷でもある。でも、嘘をつくより正直に伝える方が、医師としての誠意だと思ってきた。
「その虫を殺す薬草が、あると思いますか」とミリアが聞いた。
「可能性があります。ミリアさんの植物鑑定スキルで成分を調べ、俺の術野の目で人体への効果を確認する。それを地道に続ければ、見つかるかもしれない」
「やります」ミリアがすぐに言った。
「急かすわけではありません。時間がかかります」
「知っています。でも、やります」
ミリアが帳面を閉じた。それから真っ直ぐ俺を見た。
「もっとたくさんの人を、教会の力がなくても治せるようになれたら。それが、私の目指すことです」
俺は頷いた。
「同じです」と言った。「俺も、それを目指しています」
二人の間に、言葉以上の何かが生まれた気がした。目的地が、重なった。
帰り際、ミリアが「実は近くの村で、お腹を壊す人が多いと聞いています」と言い出した。
「水が原因かもしれないと思っているんですが、どう調べればいいか分からなくて」
「水源を見に行きましょう」と俺は即答した。
「え、今から」
「今日は難しいです。明日、一緒に」
ミリアが少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「ありがとうございます」
その笑顔は、さっきまで帳面を握りしめていた手と、同じ人のものだとは思えないほど明るかった。




