第六十九話 レオンとして生きる
領地が見えてきた時、息を吐いた。
馬車の窓から、見慣れた山並みがあった。ヴェルディア領の山だ。バルカ村の採石場がある山も見えた。
(ここが私の場所だ)
王都に何ヶ月いたのか、正確には数えていなかった。でも帰ってきた、という感覚は一瞬で分かった。
館に着くと、父と母が出てきた。
「よく帰った」と父が言った。
「ただいまです、父上」
母ヘンリエッタが「お帰りなさい」と言った。それだけだった。でも目が笑っていた。
広間で報告した。民間医療行為の合法化。王立医学院の設立決定。初代院長就任。全部を話した。
父が聞き終わって「……よくやった」と言った。「お前がいなかった間、ヴェルディア領はちゃんとあったぞ」
「それが一番大事です」と俺は言った。
「バルカ村の石材は、今月初めて王都向けに出荷できた。ボロスが手配した」とヴィルが言った。「セイル村の農地は、グスタフ老人の話では今年が一番の出来だそうだ」
「良かった」
「あなたがいなくても、続いていました」とヘンリエッタが言った。「あなたが作った仕組みが続いていました」
仕組み、という言葉が頭に響いた。
(そうだ。仕組みが続いていれば、私がいなくても大丈夫だ)
夜、書斎に一人でいた。
(私は何者か)
三上哲也として六十七年を生きた。外科医として四十二年の仕事をした。そしてレオン・ヴェルディアとして、この世界で生き直している。
どちらが本物か、という問いは意味がない。どちらも本物だ。
「私はレオン・ヴェルディアです」と声に出した。
誰も聞いていなかった。でも声にすることが必要だった。
「三上哲也でもあります。しかし今は、レオンとして生きていきます」
それが全てだった。
翌日、ミリアと話した。薬草の新しい記録を見せてもらいながら、イザベルのその後の経過を確認した。
「これからも一緒に続けますか」と俺は聞いた。
「もちろんです」とミリアが言った。「王立医学院の薬学主任を引き受けました。やめるつもりはありません」
「良かった」
それから少し間を置いた。
「……一緒にいてもいいですか」と俺は言った。「医療以外でも」
ミリアが止まった。
俺も止まった。
(不器用な言い方だ。でも正直な言い方だ)
ミリアが笑った。「最初からそのつもりでした」と言った。
「最初から?」
「ヨハン様を診た夜から」
俺は何も言わなかった。
ミリアが「一緒にいてもいいですか、という言い方は変ですよ」と言った。「もう十分一緒にいますから」
「それはそうですね」
「……改めて言ってくれたのは、ちゃんと受け取りました」とミリアが言った。
窓の外にヴェルディア領の夕暮れがあった。
(ここで生きていく。レオン・ヴェルディアとして。術野の目を持って。ミリアと一緒に)
直すべきものは続く。終わらない。でもここに根があった。ここから続けていける。




