第七十話 直してくれ
半年後。
王立医学院の第一期卒業式が、王都で開かれた。
十名の卒業生が並んでいた。男が六名、女が四名。年齢は十七歳から二十三歳だった。半年間、朝から晩まで学んでいた人たちだ。
ミリアが薬学主任として前に立っていた。白い上着を着て、学生たちに向かって話していた。「薬草の標準処方書・第一版」を全員に渡していた。
ガブリエルが「古代医師団の歴史書・第一巻」を持って廊下に立っていた。「次は第二巻を書きます」と言っていた。目が楽しそうだった。
遠くで、ヨハンが式を見守っていた。
(ヨハン。最初に俺が術野の目を使った相手だ。元気でいた)
俺は卒業生の前に立った。
「みなさん、半年間、よく学びました」
拍手が来た。それが静まるのを待った。
「一つだけ言わせてください」
十名が聞いていた。
「君たちの目で、この世界の壊れているものを、直してくれ」
それだけだった。
式が終わる前に、卒業生の一人が手を上げた。十九歳の男だった。
「先生、壊れているものが見えない時はどうするんですか」
俺は少し考えた。
「見えるまで、患者の話を聞き続けることです」
卒業生が「……分かりました」と言った。
「術野の目は誰にでもあるスキルではありません。でも、話を聞く能力は誰にでもあります。患者が話してくれれば、見えていないものが見えてくることがあります。まずそれから始めてください」
式が終わった。
クルトが近くにいた。「俺は何か直せましたかね」と言った。
俺はクルトを見た。
「十分直してくれた」と言った。
「どこをですか」
「情報を集めることで、見えなかったものが見えた。何度も。クルトがいなければ、モーランドの件は違う結果になっていました。ガブリエルの件も、エステルへの連絡も、あなたの動きが鍵でした」
クルトが「……そうでしたか」と言った。
「十分です」
クルトが少し黙った。「若様は変わりましたね」
「何が」
「最初は一人で全部やろうとしていた気がしました。今は違います」
「一人では直せないものがある、と気づいただけです」
「それが変わったということです」とクルトが言った。
廊下の窓からヴェルディア領の方角が見えた。王都にいたが、山並みが頭に浮かんだ。
(ここから始まった。バルカ村の水が戻って。橋が直って。農地が変わって。調査団が来て。伯爵の越境が止まって。弟が帰ってきて。患者が回復して。制度が変わった)
どこかで誰かがまだ壊れているものを待っている。
それは分かっている。終わらない仕事だ。でも終わらないことが、続く理由だ。
「術野の目」が動いていた。
廊下の石積みに小さな亀裂があった。雨が来る前に直した方がいい。
俺は小さな手帳を取り出した。書いた。「廊下・西壁・石積みの亀裂・要点検」。
隣でミリアが「また書いていますか」と言った。
「見えたので」と俺は言った。
ミリアが「……それで良かったです」と言った。「見えなくなったら、あなたじゃないですから」
術野の目は今日も、世界を診ている。




