第六十四話 医学の手順
広場全体の視線が来た。
俺は患者だけを見た。
「イザベルさん」
「はい」とイザベルが答えた。
「今から診断を行います。次に、ミリアが薬草療法を始めます。今日中に完治はしません。ただし、回復のための治療を始めます」
広場がざわめいた。「今日完治しない?」という声が聞こえた。
「正確に言えば、治癒は時間をかけるものです。今日は始まりです。一週間後に回答します」
学術院の観察者が記録を始めた。
俺は「術野の目」を向けた。
(見える。肺の右葉に菌の集積が最も濃い。左葉はまだ侵食が浅い。リンパ節への波及はない。進行しているが、中心部の機能はまだある)
診断が終わった。五分もかからなかった。
「ミリア」
「はい」とミリアが前に出た。手は震えていなかった。
ミリアが薬草の入った器を取り出した。「この成分が菌の増殖を抑制します」と観察者に向けて説明した。「三種類の薬草を組み合わせています。単体より相互作用で効果が高まります」
観察者が記録を取った。
ミリアが薬草の煎じ薬をイザベルに渡した。「ゆっくり飲んでください」と言った。
次に俺が姿勢を確認した。「今の姿勢だと右肺に圧力がかかっています。少し前傾みにしてください」と言いながら、体の位置を変える補助をした。「これで呼吸が楽になります」
イザベルが「……少し楽です」と言った。
光はなかった。呪文もなかった。
二人が患者と向き合って、記録を取りながら、淡々と作業を続けた。
観客の中から「何をしているのか分からない」という声がした。神官たちも「これが医術か」という顔をしていた。
(見栄えは悪い。しかし手順は正しい)
外科医として四十二年間、手術室の中で同じことをしてきた。見ている人には意味が分からなくても、患者に対して正しいことをする。それが医師の仕事だ。
「治療の第一段階が終わりました」と俺は言った。「この後、薬草療法を一週間続けます。経過を毎日記録します。一週間後に、状態の変化をご報告します」
観察者の一人が「今日の施術内容を詳しく」と質問した。
「診断では肺の右葉に菌の集積を確認しました。薬草はその菌の増殖抑制と免疫機能の補助を目的としています。姿勢矯正は呼吸補助です。いずれも患者の自己回復力を引き出すための処置です」
「治癒魔法のような即効は期待できませんか」
「この種の慢性疾患への即効性は、治癒魔法でも期待できません。一週間で変化があれば、それが答えです」
観察者が「記録しました」と言った。
ミリアが「後は患者の回復力と薬草の力に委ねます」と俺に向けて言った。
「そうです」と俺は言った。
広場を見た。
コンラート神癒長が観察者の横に立って見ていた。「どういう手順か」という目だった。「これは治癒魔法とは全く違う原理だ」という顔だった。
(そうです。別の原理です。しかし向かっている方向は同じです)
患者が回復することが目標だ。手段は問わない。




