第五十七話 弟の決断
司祭との対話から戻った夜、ガブリエルが「話があります」と言った。
父もヴィルも同席した。
「私は、教会を離れます」
ガブリエルが言った。声が落ち着いていた。
「神学院で学んだ数年間が嘘だったのか、と思うことがあります。でも、それは違うと気づきました。学んだことは本物です。ただ、組織が正しくないのなら、組織を離れてでも正しい道を選びたい」
俺は「信仰と組織は別物だ」と言った。
ガブリエルが「どういう意味ですか」と聞いた。
「信じるものを信じることは、組織に属することとは別の話です。教会に属さなくても信仰は持てる。逆に、組織に属していても信仰がない人間はいる。あなたが信仰を持ち続けることは正しい。ただ組織の誤りに加担しないこともまた正しい。両方が同時に成立する」
ガブリエルが少し黙った。
「……分かりました」と言った。「分かってくれると思っていました」
「で、どうしたいですか」と俺は聞いた。
「兄上の側で、古代医師団の知識の整理と歴史的記録の保存を担いたいと思っています。私は神学の訓練を受けています。古代の文書を読む能力があります。禁書庫の記述を筆写できたのも、その訓練があったからです。それを正しい目的のために使いたい」
俺は「まさにそれが必要だ」と言った。「私は診断できる。しかし歴史的な文書を読んで整理する能力は、私よりあなたの方が高い。その役割は、今後とても重要になります」
父が「ガブリエル」と呼んだ。
「はい」
「お前の判断を信じる」と父が言った。それだけだった。でも父らしい言葉だった。
ヴィルが「ヴェルディア家として、お前の選択を支持する」と言った。
ガブリエルが「ありがとうございます」と言った。目が少し赤かった。
「一つ聞いていいか」と俺は言った。
「はい」
「神学院を離れると、大神殿は何か言ってくるかもしれない。それは覚悟しているか」
「していません」とガブリエルが言った。「でも、覚悟ができていないからといって正しいことを選ばない理由にはなりません」
俺は「そうだな」と言った。
父が「私はヴェルディア領を守る。お前たちは、見えているものを直してこい」と言った。
部屋が静かになった。
家族が揃った夜だった。父、長兄、弟、俺。四人がここにいる。
王都に来て、ガブリエルの問題を解決しようとして、いつの間にか「共に進む」という形ができていた。
(一人ではなかった。最初から。ここでも)
翌日の朝、クルトが「王太子殿下からのお使いが来ています」と言った。
「侍医カールが完全に回復した。あなたの助言通りにしたら、三週間で別人のように元気になったと」という伝言だった。「公開実証の件、正式に動きます」という言葉も添えられていた。
(動いた)
これが次の始まりだった。




