第五十六話 300年の嘘
「ガーランド司祭はこのことを知っています」とガブリエルが言った。「彼の蔵書の中にも、似た記述がありました」
俺は手帳を開いた。「どの程度まで知っていると思いますか」
「少なくとも、術野の目の歴史的な位置付けは知っているはずです。古代医師団についても」
「……会いに行きましょう」
翌日、ガーランド司祭に面会を申し入れた。
司祭は王都に滞在していた。調査団の一員として来て、そのまま残っているらしかった。面会の申し入れに「なぜ」という問いも「断る」という言葉もなく、「では来てください」とだけ返事が来た。
司祭の宿の部屋は小さかった。窓から外は見えなかった。
俺が入るとガーランド司祭が立ち上がった。しかしすぐに座った。目が疲れていた。
「なぜ私に来るのか」と司祭が言った。
「司祭は最初から知っていたのですね」と俺は言った。「術野の目の意味を。教会が300年前に何をしたかを」
司祭が黙った。
「調査団の村調査で、司祭は追加質問をしませんでした。それは証言を集める気がなかったからだと思います。最初から、私に問題がないと分かっていたからではないですか」
司祭がしばらく動かなかった。
「……知っていた」と言った。「三十年前から。禁書庫の記述を見た時、私の信仰が揺らいだ」
俺は聞いた。
「信仰が揺らいだ、とは」
「教会が積み上げてきた三百年間が……正当な歴史ではないかもしれないと気づいた。権力のために、医師団が消された。神の奇跡という名目で、人の知識が封じられた。それを知りながら、私は組織に留まり続けた」
「なぜですか」
司祭が「どう動けば良かったか、分からなかった。あなたが来るまで」と言った。
(三十年間、この人は引き裂かれていた)
外科医として、長年苦しんでいる患者を診てきた。原因の分からない痛みを抱えて、誰にも言えずに生きてきた人たちを。
ガーランド司祭は、そういう状態にいた。
「司祭が最初に私に警告に来たのも」
「……あなたに止まってほしかったのか、続けてほしかったのか、私自身にも分かりませんでした」と司祭が言った。「ただ、あなたが来てから、領地が変わっていくのを見た。水が戻った。農地が変わった。橋が直った。あれが全部、人の知識でできたことだった」
「司祭は組織への忠誠と、個人の良心の間で三十年間引き裂かれていた」と俺は言った。「それは私には責める言葉がありません」
司祭が俺を見た。
「一つだけお願いがあります」
「何ですか」
「公開実証の日、私の側に立ってくれとは言いません。ただ、見ていてください」
司祭が長い沈黙の後「……見ます」と言った。
宿に戻ると、ガブリエルが待っていた。対話の内容を話した。
ガブリエルが「司祭もこんなに苦しんでいたのですか」と言った。
「組織に縛られながら、良心が揺れ続ける。それは長い病気です」と俺は言った。「ただ、今日で少しだけ変わったかもしれません」
「変わりますか」
「分かりません。でも見ていると言ってくれた。それで十分です」




