第五十五話 術野の目の真名
夜の宿に、ノックがあった。
クルトが確認に行って戻ってきた。「若様、ガブリエル様です」
俺は立ち上がった。
入ってきたのは、薄汚れた服を着た少年だった。十七歳の弟。三ヶ月前に見た時より少し顔が痩せていた。でも目は生きていた。
「兄上、ようやく会えた」
父が部屋の奥から来た。一瞬止まって、それから息子を抱きしめた。何も言わなかった。
ガブリエルが「すみませんでした、父上」と言った。
「よく戻った」と父が言った。
俺は「怪我はないか」とガブリエルの腕と顔を確認した。
「ありません。急いで逃げましたが、手荒なことはされていません」
「何日かかった」
「四日です。食事はほとんど取れていません」
「まず食べろ。話はその後だ」
クルトに食事の手配を頼んだ。ガブリエルが椅子に座った。ヴィルが「本当に生きていたか」と言った。
食事が終わった後、ガブリエルが荷物の中から紙の束を出した。
「これを持ってきました。禁書庫から筆写した資料です。全部で二十ページほどあります」
俺は受け取った。
一枚目を開いた。
「術野の目の起源について」という見出しがあった。
「王国建国以前、古代医師団という組織が存在した。その最高位スキルが術野の目と呼称される。初代王が壮年期に患った不明の疾患を、古代医師団の長が術野の目で診断・処方し、完治させた記録がある」
俺は次のページを読んだ。
「術野の目の診断範囲:人体の病変。建造物の構造的欠陥。組織の機能不全。および国家・社会全体の病理的状態。いずれも同一の原理で診断し、最適な処方を示すことが可能」
次のページ。
「古代医師団の解散と処刑:初代王の死後、後継者たちが医師団の影響力を脅威とみなした。治癒魔法を神の奇跡と再定義し、人の知識による医療を異端とした。この宗教的再解釈により、古代医師団の術野の目は異端スキルとして断罪され、術野の目の保持者は300年にわたって処刑または追放を受けた」
俺は紙を持つ手が止まった。
(点と点が全部繋がった)
検分士というハズレ判定の意味。ガブリエルの「古代の異端スキル」という手紙。鑑定士が「これは古代の……」と言いかけて止めた言葉。300年前の処刑。全部ここに繋がっている。
「兄上」とガブリエルが言った。「これは何を意味するのでしょう」
俺はしばらく黙っていた。
(三上哲也が48年かけた医療の仕事と、このスキルが求める使命が、同じだ)
「術野の目は、医師団の最高位診断スキルだ。王国が生まれる前から存在した。そして権力によって300年間、封じられてきた」
「あなたがそれを持って転生したということは」
「分からない。でも、前世でやってきたことと、今やっていることが同じだとすれば……」俺は少し間を置いた。「使命が同じだから、かもしれない」
父が「……そういうことか」と言った。
「分かりません。ただ、これで何をすべきかは、より明確になりました」
「続けるということか」
「続けます。より大きな場で」
ガブリエルが「兄上」と言った。「資料の最後を読んでください」
最後のページを開いた。一行だった。
「術野の目の使用者は、その時代の王国の最大の病を診断するために生まれる」




