第五十三話 崩れる前に
現場に着くと、一棟がすでに崩れていた。
石の粉が漂っていた。救助隊が数人いた。住人らしい人たちが叫んでいた。
俺は「術野の目」を向けた。
(崩れた棟の隣、二棟がまだ危険水準にある。すぐに対処しなければ)
「救助隊長はどこですか」とクルトが聞いた。
「こちらです!」と声がした。四十代の男が来た。「何者ですか」
「建物の構造が見えます。指示を聞いてください。急いで」
「子供が何を……」
「あの左の棟を見てください。外壁が外側に傾いています。基礎の石積みが崩れかけている。一時間で崩れます。中に人がいれば、今すぐ出してください」
救助隊長が左の棟を見た。一拍止まった。「……確かに傾いている」
「右の棟は基礎がまだ持っています。ただし内部の梁が折れかけている。この方向から入れれば中の人を出せます」と俺は指した。「この壁は触らないでください。これが最後の支えになっています」
隊長が部下に「動け!」と言った。
動き始めた。
左の棟から三人が出てきた。老人二人と子供一人だった。直後に、棟の一角が崩れた。クルトが「間に合った」と言った。
右の棟から、入れると判断した方向に救助隊が入った。「梁が折れそうだ」という声が中から来た。
「右の柱二本、外から支えてください。板を当てて体重をかければ保ちます」と俺は言った。
救助隊の二人が板を探して持ってきた。指示した通りに当てた。内部から「安定した」という声が来た。
老婆が救出された。次に中年の女性。壁が少し動いた。
「今すぐ出てください!」
最後の一人が出た直後に、右の棟が崩れた。
周囲に沈黙が落ちた。
救出された老婆が俺のそばに来た。「ありがとうございます。あなたは誰ですか」
「通りすがりです」と俺は言った。
老婆が「通りすがりで……そんな」と言ったが、それ以上言わなかった。
周囲の人たちが俺を見ていた。救助隊員が「あの子供は誰だ」と小声で言っているのが聞こえた。
クルトが「若様、そろそろ」と言った。
「行きましょう」
宿に戻る途中、クルトが「行動しないつもりじゃなかったですか?」と言った。
「命が関わる時は別です」
「……そのルールを最初から作っておけば良かったと思います」
「そうですね」
(あの建物を記録した時に、自分が今日ここにいると思っていなかった。でも記録したから間に合った)
「行動しない」という誓いを破った。でも後悔はなかった。
直せた。三人の命が、間に合った。
翌朝、「王太子からご連絡です」という使者が来た。「昨日のことを聞いた。お前に頼みたいことがある」という伝言だった。




