第四十八話 判定保留
院長室は建物の最上階にあった。
天井が高く、壁に本が積んであった。窓から王都の全景が見えた。「術野の目」が反応した。西側の城壁に雨水侵食。屋根の排水路が詰まっている。
(今は関係ない)
院長ヘルマン・グラッハは六十五歳に見えた。白髪で、背は低い。でも目が鋭い。机の前に座って俺が入ってくるのを待っていた。
「座れ」と言った。「ルドルフ、お前も」
ルドルフ博士が端に座った。院長が俺を見た。
「お前のスキルを複数の専門家が調べた。誰も完全に分類できなかった。これは異例だ」
「そうお聞きしています」
「その前に」と院長が言った。「一つ正直に話す」
俺は待った。
「大神殿から圧力があった。『このスキルは医療行為に類するため、要注意として記録せよ』という内容だった」
ルドルフが少し体を固めた。「院長……」
「正直に話す。この程度のことを隠す必要はない」と院長が言った。それからまた俺を見た。
「しかし私の役割は政治的判断ではなく学術的判断だ。分類できないものを『危険』と記録することは鑑定院の職務に反する。学術的に不誠実な記録は残せない」
「……」
「よって、ヴェルディア家三男のスキルは『前例のないスキル型・判定保留』とする。これは既存のハズレ判定を公式に否定したものではないが、有効でもない。中立の状態だ」
(前代未聞の結論だ)
「ありがとうございます」と俺は言った。
「感謝は不要だ。これは正直な学術的判断の結果に過ぎない」
院長がしばらく俺を見た。「一つ聞いていいか」
「はい」
「お前は何者だ」
俺は少し間を置いた。
(何者か。三上哲也でもなく、レオン・ヴェルディアでもなく)
「直したいものがある者です」と俺は言った。
院長が「……そうか」と言った。それだけだった。
「判定保留という結果は、大神殿に伝えるのですか」と俺は聞いた。
「もちろん。伝える義務がある。大神殿がどう受け取るかは知らないが、鑑定院の正式結論は変えられない」
「分かりました」
「それと」と院長が言った。「鑑定院に報告書を提出してくれれば、お前の活動事例を学術記録として保存できる。構わないか」
「喜んで」
「良い。以上だ」
退出した。
廊下でクルトが待っていた。「どうでしたか」
「判定保留になりました。前代未聞の結論だそうです」
「それは……勝ちですか?」
「完全な勝利ではありません。でも、前進です」
宿に戻った。燭台に火をつけた。
ミリアへの手紙を書き始めた。
「判定保留という結果になりました。前例のないスキル型として記録されます。大神殿の圧力があったそうですが、院長が学術的判断を優先してくれました」
書きながら、「ミリアがここにいれば一緒に考えられたのに」という気持ちが来た。
「あなたが調べてくれていることも続けてください。こちらでも新しいことが分かりました」と書いた。
手紙を封じた。
机の上に、旅立ち前にミリアが書いて届くよう手配してくれた返信が置いてあった。「領地は静かです。石材産業の準備を続けています。早くお戻りください」と書いてあった。
(早く戻りたい、とも思う。しかし王都でまだやることがある)
窓の外に王都の夜が広がっていた。「術野の目」がまだ動いていた。東3区の長屋の崩落リスクが頭にある。放置できない問題は、手帳に書いたままだった。




