第四十七話 王太子の侍医
翌朝、侍医が来た。
カールと名乗った。五十五歳の男だった。白い法衣ではなく、医師の黒い上着を着ていた。入ってきた時の目が「辺境の子供に何が分かる」という顔だった。
(この顔は知っている。前世でも若い頃によく見た)
「お越しいただきありがとうございます。どのような症状か、お聞かせいただけますか」
「十年前から、疲れやすい。食欲に波がある。特に夕方が辛い。治癒師に何度も診てもらったが、いずれも『問題ない』と言われた」
「飲酒はどの程度ですか」
カールが少し止まった。「……毎晩、ワインを三杯ほど」
「脂の多い食事は」
「宮廷ですので、肉料理が多い」
「休息はどの程度取られていますか」
「仕事が忙しいので、睡眠は短い方です」
俺は「術野の目」を向けた。
(見える)
肝臓への負荷が慢性的に高い状態が続いている。組織の疲弊が積み重なっている。急性の損傷ではなく、長年の習慣が蓄積したものだ。
「分かりました」と俺は言った。
カールが「何が分かったのですか」と聞いた。声に「本当に分かるのか」という疑いがあった。
「慢性的な肝臓への過負荷です。飲酒習慣と脂の多い食事、睡眠不足が合わさって、十年かけて蓄積された状態です。治癒魔法では対処しにくい種類の問題です」
カールが一瞬固まった。
「治癒師には……問題ないと言われた」
「治癒魔法は急性の病には強いですが、慢性的な生活習慣による蓄積は見つけにくいのです。傷や炎症は直せますが、十年分の蓄積は別の種類の問題です」
「では……どうすれば」
「お酒を今の半分に減らす。脂の多い食事を控える。毎日、最低三十分は横になって休む。これだけで三ヶ月以内に大幅に改善するはずです」
カールが黙った。
「……それだけで、ですか」
「それだけです。薬も必要ない。生活習慣の問題なので、習慣を変えれば体が自分で戻ります」
「なぜ今まで誰も言わなかったのか」
「見る目の違いです」と俺は言った。
カールが俺を見た。「辺境の三男が……」と言いかけて止まった。今度は「辺境の子供に何が分かる」という目ではなかった。
「……試してみます」とカールが言った。「もし改善しなければ」
「三ヶ月後に改善していなければ、私の診断が間違っていたということです」
カールが立ち上がった。出際に振り返った。「若様は、治癒師ではないのに、なぜ人の体が見えるのですか」
「スキルの性質です。治す機能はない。見える機能しかない。でも見えれば、どう直せばいいかが分かります」
「……見えれば、十分ですね」とカールが言った。
侍医が出て行った。
クルトが「上手くいきましたか」と聞いた。
「処方は渡しました。後はカール殿が実行するかどうかです」
「できますかね」
「十年分の悩みが一言で説明されたら、動きたくなるはずです。人間はそういうものです」
翌日の昼、鑑定院から連絡が来た。
「院長が直接面会したい」という内容だった。
クルトが「院長が出てきた。これは大きな動きですよ」と言った。
「そうですね」と俺は言った。
(院長が直接出てくる。何を言う気だ)




