第四十六話 王太子の好奇心
使者が帰った後、クルトが「王太子様のご使者が来ています」と言った時、俺は一拍かかった。
「王太子? エドワード殿下が?」
「はい。非公式に若様とお話したいとのことです。護衛は二名のみで来られています」
「通してください」
エドワード王太子は二十一歳だった。
実際に見ると、想像より若かった。体格が良く、目が鋭い。でも入ってきた瞬間の表情が「訪問者」ではなく「好奇心を持って来た人」の表情だった。
「ヴェルディア家の三男か。鑑定院が前例のない結論を出す羽目になったと聞いた。興味があって来た」
率直だった。
俺は「術野の目」を向けた。人体ではなく行動の構造を診る。
(真剣に面白いと思っている。政治的な計算ではなく、純粋な好奇心だ)
「はい。先日、詳細調査を受けました」
「そのスキルで、何でも見えるのか?」と王太子が聞いた。
「壊れているものの構造が見えます。人体なら病気の原因、建物なら崩れる理由、組織なら機能しない理由」
王太子が興味深そうに頷いた。「組織まで?」
「情報が揃えば、です」
「では聞こう」と王太子が言った。「その目で見て、王都で最も壊れているものは何だ?」
俺は少し考えた。
(正直に答えるべきか。王族への忖度より事実を言うべきか)
「貧民街の東3区の建物が数棟、崩落危険水準です。次の大雨で崩れる可能性があります」
「それと」
一拍置いた。
「教会の医療独占が、医療へのアクセスを壊しています。治癒魔法を持たない人々が、治療を受けられない構造になっています」
王太子の目が変わった。
「……言い切るな」と王太子が言った。それは批判ではなかった。驚きの言葉だった。
「事実を申し上げました」
「教会には聞かれていたら面倒だぞ」
「存じています。しかし、見えているものを黙っているのも難しい性質なので」
王太子が少し笑った。「面白い」と言った。
二人で一時間ほど話した。王太子は質問が的確だった。術野の目の具体的な使い方、領地でどう活用してきたか、調査団の件でどう対処したか。答えながら「この人は理解が速い」と思った。
(久しぶりに、対等に話せる人間と話している気がする)
帰り際、王太子が「ところで」と言った。
「私の侍医が長年の持病を抱えている。その目で診てもらえるか。非公式で構わない」
「スキルで診断することは問題ありません。詳しい症状を教えていただければ」
「明日、侍医を寄越す。よろしく頼む」
王太子が出て行った。
クルトが「若様、これは大変なことですよ」と言った。
「何がですか」
「王太子様に直接呼ばれたんですよ。普通、辺境の三男がそんな立場に……」
「直してほしいものがあるから来た。そういうことです」
クルトが「そういうものですか」と言った。
「そういうものです」
「……教会の医療独占が壊れている、とはっきり言いましたよね。大丈夫ですか」
俺は少し間を置いた。
「大丈夫かどうかは分かりません。ただ、見えているものを言わない選択が、私にはできないんです」
窓の外が暗くなっていた。




