第四十五話 工作を看破する
宿に戻った夕方、クルトが「お客様が来ています」と言った。
「どなたですか」
「ドレイク家の使者です。ご挨拶がしたいとのことで」
ドレイク家。クルトが小声で補足した。「ヴェルディア家の遠縁にあたる貴族です。家督を狙っているとの噂があります」
「通してください」
使者はネストルと名乗った。三十代の男で、物腰が柔らかかった。礼儀正しく、言葉を選んでいた。表面上は、ただの挨拶訪問に見えた。
「このたびのご上京を耳にし、ご挨拶がてら伺いました」
「お気遣いありがとうございます」
「ヴェルディア家とは遠縁でもありますし、何かとご協力できることがあれば、と思いまして」
俺は「術野の目」を向けた。
(人体ではない。行動の構造を診る)
組織の内部矛盾を診断したように、個人の行動にも同じ原理が使えるか、と思ったのは王都に来てからだった。試してみた。
見えた。
表情と言葉が合っていない。目が「挨拶」の目ではなく「探索」の目だ。手が緊張している。質問の角度が「友好」ではなく「情報収集」を向いている。
(探りに来ている。ヴェルディア家の弱点を探しに来た)
「ヴェルディア家との家督について、親族として話し合いの場を設けられればと」とネストルが言った。
「家督の話については、父上と長兄が窓口です」と俺は言った。「私は領地の顧問の立場なので、家督には関与できません」
「しかし、若様もご当主候補として……」
「当主候補ではありません。三男ですから」
「それでも、ご意向をお聞かせいただければ……」
俺は少し間を置いた。「この会話は記録に残すことはご了承ですか。非公式のご訪問でも、家督に関する発言は公式の意味を持ちますので」
ネストルの目が一瞬動いた。
(動揺した)
「今回は非公式のご挨拶でしたので……次回改めて」とネストルが言った。
「承知しました。父上と長兄への面会の申請であれば、喜んでお伝えします」
「……ありがとうございます」
ネストルが立ち上がった。丁寧に一礼して出て行った。
クルトが「……今のは何が起きたんですか」と小声で聞いた。
「探りを入れに来た。追い返しました」
「なんで分かったんですか」
「見えました」
クルトが「術野の目で?」と言った。「人の嘘も見えるんですか?」
「嘘というより、行動と言葉のズレ。人体の症状と病因の関係と同じ構造です」
クルトが「……若様が一番得意なことは、実は外交なのかもしれません」と言った。
「違います。直すことが得意なだけです」
「同じじゃないですか」
俺は答えなかった。
クルトに「次のドレイク家の接触には、父上か長兄が対応するよう連絡してください」と言った。「領地に手紙を出してください。この件は私の管轄外にします」
「分かりました」
クルトが部屋を出た後、窓の外を見た。
(王都は複雑だ。鑑定院、ドレイク家。次は何が来る)
翌日の朝、クルトが「王太子様のご使者が来ています」と言った。
俺は一拍止まった。「王太子? エドワード殿下が?」
「はい。非公式に若様とお話したいとのことです」




