第四十三話 鑑定院の壁
王立鑑定院は城の北側にあった。
石造りの建物で、入口に紋章が掲げられている。中に入ると、書記官が何人も机に向かっていた。「術野の目」が動いた。壁の一か所に亀裂がある。屋根の一部が雨漏りしている痕跡がある。
(今は関係ない)
「ご案内します」と書記官が来た。
奥の部屋に通された。院長代理ルドルフ博士が待っていた。五十代の男だった。白髪交じりで、物静かな外見だった。でも目が事務的だった。
「ヴェルディア家の三男殿でいらっしゃいますか。王立鑑定院院長代理のルドルフです」
「はい。お時間をいただきありがとうございます」
俺は着席した。
「此度のご召喚の件ですが」とルドルフが言った。「以前の鑑定結果に対する異議申し立て、ということでよろしいでしょうか」
「スキルの性質について、より正確な判定をお願いしたいというのが趣旨です。異議というより、追加情報の提出です」
ルドルフが書類を開いた。「……再鑑定の申請は、前例がございません。鑑定は一度確定したら不変が原則です」
「承知しています」
「ですので、今回の申し立ては……」
「ではこのようにしましょう」と俺は言った。「私の活動の記録を全て提出します。その上での判断は、院長閣下に委ねます」
ルドルフが少し止まった。
「院長は多忙で、こうした案件に直接……」
「それであれば、院長閣下への書状として提出しましょう。受け取り拒否は公式記録に残りますが、それで構いませんか」
広間が静かになった。
書状として提出され、受け取り拒否が記録に残れば、それはルドルフの判断として記録される。院長の案件を代理が止めた、という形になる。
ルドルフが「……分かりました」と言った。「資料を受け取ります。院長に報告します」
「ありがとうございます」
記録の束を手渡した。三十ページの文書だった。
ルドルフが受け取った。重さを確かめるように持った。「これほど詳細な」と小声で言った。
「何をどこでなぜ行ったか、全て記録してあります。スキルの使用場面も含めて」
「……確認します。連絡はこの宿に」
「はい」
退出した。
外でクルトが待っていた。「どうでしたか」
「動いた。次は院長の判断待ちです」
「時間がかかりますか」
「そうは思いません」
(記録を受け取った以上、中を見る。見れば興味を持つ。前例のないスキルが詳細に記録されている文書は、鑑定士が無視できない内容のはずだ)
宿に戻りながら考えた。
官僚組織は「前例がない」を盾にする。「院長に委ねる」という言葉は、その盾を別の形で突破する方法だ。
(医療現場でも同じだったな)
手術記録が証拠になった場面を思い出した。書かれたものは、人を動かす。それはどこでも変わらなかった。
翌日の夕方、院長補佐からの使者が来た。「明後日に詳細調査の日程が設けられました」という知らせだった。
「動いた。想定より早い」
クルトが「なぜそんなに早いんですか」と言った。
「院長も興味を持ったのかもしれません」




