第四十一話 王都への道
馬車が街道を走り始めてすぐに気づいた。
「術野の目」が切れない。
石橋が見えた。左側の橋脚、第三番目の石が傾いている。次の大雨で崩れる可能性がある。通行量に対して構造が脆弱だ。
旅籠が見えた。柱が腐食している。屋根の重量を支えられていない。危ない。
街道の水はけが悪い区間を通った。土の締まりが弱い。馬車の重量でこれだけ揺れるということは、路床が壊れている。放置すれば通行不能になる。
(止まれない。止まれない。今は王都だ)
「若様、ぼーっとしています」とクルトが言った。
「見えすぎて疲れているだけです」
「また何か問題が」
「いくつか」
「いくつですか」
俺は少し考えた。「ここまで二十か所ほど」
「そんなに!」とクルトが声を上げた。「一時間も走っていないのに?」
「スキルは常に動いています。意識しなくても見える」
クルトが「……それは大変だ」と言った。「一日中、問題が見え続けているということですか」
「慣れました」
「慣れられるものですか」
「慣れます。ただ、問題を見ると直したくなるので、その衝動を抑えるのが少し大変です」
旅籠に一泊した夜、手帳を開いた。
道中で見た問題を書き留めた。橋の場所、旅籠の柱の状態、街道の区間。記録だけする。行動しない。それが今できることだ。
「王都でやること」のリストを改めて確認した。
③を見た。「行動はしない」という文字。
書いた時から、それが正しいのか確認できていない。
外科医として四十二年生きた。患者が目の前にいて「今は動かない」という判断をしたことは、一度もなかった。いつでも「今できることをする」だった。
「行動はしない」と書いた文字を見ながら「……難しいかもしれない」と独り言が出た。
翌々日、城壁が見えた。
「術野の目」が反応した。
城壁の西側、石積みの継ぎ目に雨水侵食。東の門扉の金具が腐食。城壁上の見張り台、数か所で木材の劣化。
そして城壁の内側へ入った瞬間、視野が広がった。
建物の密度が違う。道の幅が違う。人の数が違う。
そして問題の密度も、比べものにならなかった。
「術野の目」が次々と反応した。貴族の館、商人の店、工房、道。あちこちに問題がある。領地での仕事が、この規模に拡大したようだった。
「若様、顔が変わっています」とクルトが言った。
「……見えすぎています」
「大丈夫ですか」
「大丈夫です。慣れます」
宿に着いた。部屋に荷物を置いた。
窓から街が見えた。「術野の目」はまだ動いていた。
手帳を開いた。「貧民街近く・旅路で通過した東側の一角・古い石造りの建物群・崩落リスク高・要対処」と書いた。
窓を閉じた。
(直すべきものが多すぎる。でも今は鑑定院だ)
明日、出頭する。




