第四話 職人の矜持
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
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ボロスは俺が思っていたより大きな男だった。
五十八歳。肩幅が広く、手が節くれだっていた。腰に石工の鑿を挿している。ヴェルディア領の石工棟梁として二十年以上、橋や建物の石積みを手がけてきた人物だ。
その目が、俺を一瞥した。「子供に何が分かる」という顔だった。
「若様がお呼びとのことで参りましたが」
「ありがとうございます、ボロス殿。早速で恐縮ですが、一緒に橋を見ていただけますか」
「……橋の件を言っているのですか」
「はい」
「あの橋は五年前に俺が点検した。問題ない」
「そうですか。それでも、一度見ていただけますか」
ボロスが唇を引き結んだ。「五年前に点検した俺の目を信用できないと言うのか」とは言わなかったが、顔に書いてあった。
「疑っているわけではありません。俺のスキルで気になる場所を見つけた。その場所を一緒に確認したい、ということです」
ボロスは短く鼻を鳴らして、立ち上がった。
橋まで並んで歩いた。道中、ボロスは何も喋らなかった。俺も喋らなかった。
橋の上に立って、俺は言った。
「支柱の水面下一メートルのところを見てください。棒で探ると分かるかもしれません」
ボロスが眉を上げた。「水の中か」
「はい」
棒梁は川岸に下り、長い棒を持ち出した。橋の支柱を水中から探り始めた。
しばらくして、動きが止まった。
「……何だ、これは」
棒の先が、支柱の表面を引っかいていた。かさかさとした手応えが、岸からでも分かるくらい棒に伝わっていた。
「腐っているな。中まで」ボロスが呟いた。声が低くなっていた。
「どの程度だと思いますか」
「……一雨来たら分からん。荷車が渡れば、あるいはそれより前に」
ボロスが棒を引き上げて、黙った。長い沈黙だった。
職人としての誇りが、現実を前にして崩れていく瞬間だと、俺には分かった。この人は嘘をつかない。だから認めることが、苦しいのだ。
「なぜ分かった」とボロスが言った。
「スキルで分かります。信じてもらえなくてもいい。直す方法を教えてください」
「……信じてもらえなくていい、か」
「はい。俺が見える場所を教えます。どう直すかはボロス殿の知識の方が正確です。一緒に考えましょう」
ボロスが俺を見た。長い間、じっと見た。
「……その答え方は気に入った」
棒梁がゆっくりと立ち上がった。
「補修方法を考えよう。支柱を入れ替えるのが確実だが、一時的な補強なら今週中にできる。橋を閉めて工事に入る。補修材は何が手に入る」
「北側の林に杉があります。水に強い木です。腐食が進んだ支柱の交換には、杉の丸太が適しています」
ボロスが少し目を見張った。
「なぜ杉を知っている」
「以前、木材の特性を調べたことがあります」
「……変わった子供だな」
母ヘンリエッタが、遠くから二人の様子を見ていた。俺はその視線に気づいていたが、振り向かなかった。
風が遠ざかる中で、母の小さな呟きが聞こえた気がした。
「レオンは……どこで覚えたのかしら」
聞こえなかった振りをした。
ボロスが川の水を手で掬いながら、呟いた。「俺の見落としだった。こんな大事なことを」
「五年前に点検した時は、腐食がまだ進んでいなかったのかもしれません」
「そうとも言えるが……定期的に見るべきだったのは確かだ」
ボロスが顔を上げた。
「もう一度こんなことがあれば、お前を信用する。今回は……そういうことだ」
「それで十分です」と俺は言った。
帰り道、ボロスが「補修は俺が段取りする。村人への説明はあんたがやれ」と言った。
「分かりました」
初めての役割分担だった。この人と、うまくやっていけそうだと思った。




