第三十八話 商人への依頼
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
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エステルは予想より若く見えた。
三十五歳前後。背が高い。焦げ茶の旅装束に、荷物を縛った帯。目が鋭い。商人というより諜報員のような雰囲気があった。
セイル村の市場でクルトが声をかけ、内密の話があると伝えた。エステルは「ヴェルディア家の三男が私に何を」と言いながら来た。
館の一室を借りた。俺とエステル、二人だけで話すことにした。
「ご足労いただきありがとうございます」
「面白そうな話なら聞きます。そうでなければ失礼します」とエステルが言った。「私は時間が惜しい」
「承知しました。単刀直入に」
俺は文書を机に置いた。「モーランド伯爵領の筆頭家老、ランセル殿にこの文書を届けていただきたい。あなたが届けた文書であることは明かさなくていい。私が送ったとも言わなくていい。ただ、家老の手に渡れば十分です」
エステルが文書を見た。「読んでいいですか」
「どうぞ。中身を見ていただく権利があります」
エステルが手を伸ばした。一枚目を開いた。二枚目。三枚目。最後まで読んだ。
「……これは、伯爵領の内政問題の診断書ですね」と言った。
「そうです」
「数値の出所は」
「信頼できる商人からの情報です。精度には限界がありますが、大筋は正しいと思います」
「疫病の部分は」
「薬草師の知識に基づいています。伝播経路については医学的に根拠のある記述です」
エステルがもう一度文書を見た。目が速く動いていた。
「ランセル家老が外征に反対している、ということはご存知なので?」
「情報として持っています」
「なるほど」とエステルが言った。「外征反対派の家老に、外征のリスクを強化する情報を届ける。間接的に伯爵を止める。そういう意図ですね」
「そうです。私はただ、知っていることを知るべき人に届けたいだけです」
エステルが俺を見た。しばらく黙っていた。
「面白い」と言った。「やってみましょう。ただし報酬は」
「商人として適切な額を提示してください。領主の名義で支払います」
エステルが金額を言った。妥当な数字だった。「承知しました」と俺は言った。
「一つだけ聞いていいですか」とエステルが言った。
「どうぞ」
「あなた、本当に十五歳ですか」
「そうです」
「……見えません」エステルが少し笑った。「別に構いませんが」
立ち上がりながら「また仕事を頼みたい時は声をかけてください」と言い残した。「こういう仕事は嫌いではありません。情報を動かすのは、物を動かすのと同じです」
「覚えておきます」
エステルが出て行った。
クルトが廊下で待っていた。「どうでしたか」
「依頼を受けてもらいました」
「……本当に動きましたね」と、クルトが言った。「私には思いつかない方法です」
「人体と同じです。患部に直接メスを入れる必要はない。血流を変えれば、体が自分で治ることがある」
クルトが「……そういうものですか」と言った。
「そういうものです」
(あとは待つだけだ)
届けるのはエステルの仕事だ。受け取って動くのはランセル家老だ。俺の仕事はもう終わっている。
外に出ると、秋の空気が来た。バルカ村の山の石材試算が頭に浮かんだ。越境問題の結果がどうなるかを待ちながら、石材産業の計画も進める。止まる理由がない。




