第三十三話 村が証言する
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
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調査団が出かけた。
馬車三台が朝霧の中を北に向かった。ガーランド司祭も同乗している。俺は門の前で見送った。
「行ってらっしゃいませ」
ヴィクトール上司祭は何も言わなかった。
館に戻った。
(待つ時間が一番きつい)
外科医時代、手術室の外で結果を待つ家族に何を言えばいいか、いつも迷った。自分が術者の側でも、手術が終わって管理が始まってからの待ちは違う重さがある。今日はその感覚と似ていた。
書斎で石材産業の試算を続けた。バルカ村の山の規模から見積もれる採石量、王都への輸送距離、荷車一台あたりの積載量。数字を並べた。頭は動いていた。でも窓の外が気になった。
昼過ぎにミリアが来た。「何か食べますか」と言った。「食べていないでしょう」
「今から食べます」
「今から、というのは今まで食べていないということですね」
「……そうです」
ミリアが「もう、」と言ってパンと干し肉と水を持ってきた。
「クルトは」
「情報収集に出ています。村を回る調査団の動きを、別ルートで確認してくるそうです」
「自分で考えて動いてくれるんですね」
「あなたがそういう人を育てているんです」とミリアが言った。「クルトが書記から情報収集に変わったのは、あなたが『何でも見えたことを言ってくれ』と言ったからだと思います」
俺はパンをかじった。
(人に何かを頼むと、その人が変わっていく。それは気づいていなかった)
夕方、クルトが戻ってきた。
「カーセン村でエルンスト村長が、ダレン村でグスタフ老人が、バルカ村でグレゴリオ様が話を聞かれました。三村とも同じことを言っていたそうです」
「同じこと」
「はい。治癒は一切なかった、と」
クルトが続けた。「エルンスト村長は『水の問題を指摘してもらった。後は自分たちで直した』と。グスタフ老人は『農法を教えてもらった。薬は何も受け取っていない』と。グレゴリオ様は『土の中の水の道を見つけてもらった。工事はボロス棟梁がやった』と言ったそうです」
「ボロスは」
「『私が工事した。若様は目で見えたことを教えてくれた。それだけだ』と言ったそうです」
俺はしばらく何も言わなかった。
(直してきたことが、証言として返ってきた)
橋を直した。水を浄化した。農地の問題を指摘した。薬草の分担を明確にした。水脈を掘り当てた。全部、その通りのことが証言として戻ってきた。
作られた証言ではない。あの人たちが見てきた事実を、そのまま言葉にしたものだ。
「書記官が記録していたそうです。治癒魔法の使用例は一件も見つかっていないと」
「ガーランド司祭は」
クルトが少し間を置いた。「それが……全ての村で、一切の追加質問をしなかったそうです」
「追加質問をしなかった」
「はい。調査団の書記官が村人に聞いている間、ずっと黙っていたと。書記官の方が不思議がっていたそうです。なぜ司祭が黙っているのか、と」
俺はそれを聞いて、少し考えた。
(ガーランド司祭は何かに気づいているかもしれない。この調査が、自分の望む結果に向かっていないことに)
夜、ヴィクトール上司祭が戻ってきた。
「確認できました」と上司祭が言った。「正式な判断は後日通知します」
「ありがとうございます」
上司祭が廊下を歩いて行った。
ミリアが「後日通知、というのは」と小声で聞いた。
「問題なし、という意味だと思います。問題があれば、今夜中に何かを言ってくるはずです」
クルトが「……終わりましたね」と言った。
「一段落です」と俺は言った。「次はモーランド伯爵の問題が待っています」
窓の外は暗かった。北の方角から風が来た。
(直してきた。今日は、それが証言として返ってきた日だった)
外科医として患者が目を開けた瞬間に似ていた。でも今日のはもっと広い。七つの村で積み上げてきたものが、全部繋がって戻ってきた感覚だった。




